komusume2chdiary

☆ ☆ ☆

[04/03/07-23:59]

【生活板】(⊃д`) せつない想い出 (´・ω・`) 【メモリー】

人間生きてれば色んなことあります。
(ちなみに今回はほんとーにせつないため、現在元気のでない方にはとってもおすすめしません。
そういう人は今回とばしてください('A`)オネガイシマス)

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(⊃д`) せつない想い出 (´・ω・`)
http://p2.chbox.jp/read.php?url=http://p2.chbox.jp/read.php?url=http://life3.2ch.net/test/read.cgi/kankon/1076485631/

1 :いち :04/02/11 16:47 ID:uGLYfK42
せつない想い出を語ってください。
思い出して泣いちゃってもOKです。

26 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/11 23:26 ID:PoMhH/xW
9キロ痩せて会った相手に次に会ってしまったのは
リバウンドして10キロ太った時だった。
…それっきり。

33 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/15 23:34 ID:pqEW0+gl
小学生の時クラスでクリスマスプレゼントとカードの交換会みたいなのをやることになった。
私は絵が苦手だったけど、一生懸命サンタさんのイラストを描いた。
交換会終了直後、私のカードがあたった女子が「何これー」と、友達にぼやいていたのを見てしまった。
そして私が当たったプレゼントはティッシュペーパー一箱だった。

39 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/16 20:08 ID:jUC/v/UK
すごく好きだった昔の彼。偶然友達の結婚式の二次会で再会して、メル友に。
お互い新しい恋人はいたけど、なんていうか・・・。
いつ復活してもおかしくない感じだったので、お互いが少し距離を置きながらのメル友だった。
数ヵ月後、彼の彼女が妊娠したらしく、入籍することに。式も挙げず、内輪でやるって。
しかし、数週間後、彼女の狂言だったことがわかり、「今から会えないか?」ってメールが。
二次会後、初めて「会おう」って言葉だったけど、今会ったらみんなが駄目になるとおもい、
「無理だよ〜。今会ったらまたあんたのこと好きになっちゃうかも。なんてね。」
って返事して会わなかった。次の日、携帯解約して新しい番号とメアドにした。
それ以来、音信普通だった彼が、今月結婚するって聞いた。
これで良かったんだなって一人で泣いた。

49 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/17 23:34 ID:YEyw5mqf
小学生だった頃。待望だった犬を飼い始めた。
その犬に「コロ」という名前をつけたのも私だった。
すごくすごく可愛がってたのに、
ある時、コロに吠えられたのをきっかけに、私はコロに全く近づけなくなってしまった。

そのうち、祖父が無くなったり、父親が病気になったり、家庭内がごたごたし始めて、
コロにまでみんな気が回らなくなっていった。
コロはいつも寂しそうだった。

私は近づけないながらも、コロのことは大好きで時々様子を見にいっていた。
コロの純粋な目を見る度、私は何とか構ってあげたいと思ったけれど、
やっぱりコロが怖くて、遊んであげる事が出来なかった。

そのうち、ストレスからかコロは病気になり亡くなってしまった。
私はコロに申し訳無い気持ちでいっぱいで、その亡骸にお祈りする事さえ出来なかった。

あれからもう13年。
今でもコロの事は忘れていない。そして、今でも謝りたい。
コロ、こんな飼い主でごめんね。本当にごめんね。

59 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/18 02:20 ID:Z71R0t0E
小学校のとなりの席の男の子、2年生になれなかった。
白血病だった。
私はずっと学校を休んでるその子の家に、毎日給食のパンと牛乳を届けていたんだけど、
その子が亡くなったことと、給食を届けなくていいってことが結びつかなくて、御葬式のあともパンと牛乳を届けてた。
給食を届けるのは、なんかとても大事だと思っていた。
その子が、学校にとても行きたがってたし、給食べたがってたから。
ある日、その子のお母さんが、
もう、届けてくれなくていいのよ。ありがとうね。
と泣きながら言った。
今思うと、その子のお母さんは、毎日とどくパンと牛乳を見て、どんな気持ちだったろう。
馬鹿な子供でごめんなさい。

73 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/19 01:29 ID:dwrq5w8r
7歳の時、ゾイドが流行っていた。
その年の誕生日、いつもは両親がプレゼントを買ってくれるんだが、
その年に限って祖母と買いに行くことになった。
もちろん、目当てはゾイド。しかもCMでやってるような(子供心に)カッコいいやつ。

おもちゃ屋に着き、祖母とゾイドを物色していると、CMで見た1万円くらいするすごいのがあった。
折れはそれが欲しかったが、6歳のガキにそれは高すぎる。祖母もそう思ったのか、違うのを勧めてきた。
で、周りを見ると、その1万円くらいするやつのパッケージと同じパッケージの物が、2000円くらいで売っていた。
6歳の折れは、それがてっきり1万円くらいするやつの小型版だと思い、それを購入した。

そして意気揚揚と家に帰り、プレゼントを空けてみた。
中から出てきたのは、1万円するやつ専用のパワーアップキットみたいなやつだった。
大砲が大きくできるようになってたり、足や腕のパーツを付け替えたりするやつだった。
もちろん、それだけでは何の意味もない。

それに気付いた折れは号泣し、祖母に当った。
しかし、すでに65くらいだった祖母にそんな違いはわかるはずもなく、申し訳なさそうに折れをあやすだけっだった。
そこへ、3つ年上の兄が帰ってきた。
そして、折れが間違えて買ったプレゼントを見るなり、「こんなもん買ってバカじゃねーの?」と言い放った。
折れはさらに号泣。

それ以降、そのプレゼントは押入れの奥の方へ追いやられ、2度と日の目を見ることはなかった。
辛い誕生日だった。
今思い出してもせつない。ばーちゃん、ごめんよ。

77 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/19 12:13 ID:10Tm34Ha
数年前に死んでしまった犬のロッキー。
中学生だった私はじぶんが飼いたいといいはじめたのに
散歩がめんどくさくていっつもダッシュではしって終わりにしてた。
死ぬ2ヶ月くらい前、ロッキーがひっぱっても走ってくれないから
反抗してるのかと思って散歩綱でおもいっきり引きずりまわしてしまった。
そのあとしばらくしてフィラリアだと分かったけどもう手遅れだった。かわいそうなことした。
でもロッキーのおかげで夢だった獣医学部にうかったよロッキー

87 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/20 09:36 ID:ISmqu2/z
小学6年生の夏休みに入ってすぐ、親の離婚が成立し俺と弟は母親に連れられて逃げるように大阪へ引っ越した。
学校のみんなにあいさつできずに離れることがとてもつらかったが、しょうがないって感じだった。
10月ごろ、元いた東京の小学校から大きな封筒が届いた。
卒業アルバムの表紙に使うための絵を描くための画用紙だった。
(みんな自分で思い出の絵を描いてそれを表紙にして製本してもらう習慣だったので。)
俺はまだみんなが覚えていてくれたことがすごくうれしかった。
即座に画用紙に学校にあった池とあひる、大きなフェニックスの木、
りゅうぜつらん(巨大アロエみたいなやつ)を描いて、
その横に小さくあひるにえさをあげる俺の姿を描いて送った。
翌年の春、出来たアルバムが送られてきた。開いてびっくりした。
画用紙のはじっこの折り返されてしまう3センチ分くらいは色を塗らずに送ったのに、
クラスのみんなが塗ってくれていた。
そして俺の周りには友達がたくさん描かれていた。
アルバムの中のひとりひとりに当てた寄せ書きにも俺は登場していて、
「大阪でも元気でサッカーやどうぶつの世話、ガンバッテね!あひるも元気だよ!」と書かれていた。
当時、親の離婚で醒めたような態度になって、ついでに標準語の俺は
大阪でボコボコにいじめられており、東京に帰りたくなってバカほど泣いてしまった。

長文スマン

140 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/24 17:11 ID:6s4xEWjK
長年一緒に育ってきた犬。
なんだかちょっと元気なさそうだったんで、普段は外に繋いでるのにその夜は部屋に上げてやったんだ。
大喜びではしゃいで元気いっぱいに喜んでたのに、朝起きたら冷たくなってやがんの。

心配させまいと思って無理してたんだろうなぁ。
お前、辛かったら辛いって態度を示してくれよ。
俺はわかんねぇよ( ´Д⊂ヽ

221 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 02:14 ID:ogNdXADa
大学時代にDという友人がいました。
そいつは性格もすっごく良くて、女の子達にも人気があったんだけど、彼女はいませんでした。
いつも、断っていたんです。
まだ、償いが終わってないからと。

Dには高校時代にSという彼女がいたんです。
でも、Dにはプログラマーになりたいって夢があって、そのためにとある有名大学に入りたいから、
受験の間だけは勉強に専念したいので、会えないと彼女に言ったそうです。彼女は了解しました。
猛勉強の甲斐あってDは合格しました。そしてSが亡くなっていたことを知りました。
病死だったそうです。
Sは入院中、Dは今が大事な時だから彼には入院のことは知らせないでと言っていました。
そのため、その時までDはそのことを知らなかったんです。

222 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 02:15 ID:ogNdXADa
Dは大学卒業後、大手IT企業に就職し、プログラマーとなりました。
その後僕はDとの連絡も途絶えがちになり、疎遠になっていきました。

そして5年後、Dの死亡通知が届きました。
享年27才でした。
過労死だったそうです。稼いだ金のほとんどを、病気で苦しむ人々を支援する団体への寄付につぎ込んだそうです。
葬儀にてDの顔を見てショックを受けました。
たった5年でここまでボロボロになるのかなって。
それぐらい痩せ細っていたんです。

どうすればよかったんだろう。本当にこれでよかったのかな。
今となっては、もう遅いけれど。

241 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 18:10 ID:hyduMO8m
私は小さい頃8歳年下の妹を苛めていた。
殴る蹴るの暴行をしたり、妹に辛い仕打ちをしていた。いつも頼ってくる妹が大嫌いだった。

ある日喉が乾いたので小1の妹に「おい、何か飲み物買ってこいや!」と命令した。
妹は出かけたが待ってもなかなか帰ってこない。
どうせどこかで道草食ってんだろう、買ってきたらしばきまわしてやる!と思っていた。

とうとう夜になるまで帰ってこず、やっと7時に帰ってきた。
ドアを開けるとびしょぬれで両膝にすりむいた跡のある妹が立っていた。どうしたか聞くと
「おかね・・おとした、おかね・・・おとした・・こけて・・
お金おとした・・・探したけど・・みつからんかってん・・ごめんなさい・・ごめんなさい・・・」
ひっくひっくとびしょぬれの体で泣く妹がそこにはいた。
外は夕方から酷い嵐でその大雨と台風の中、妹はずっとこけてドブに落とした100円玉を探していたという。
「なんで、お金なんかどうでもええやん、なんでこんな時間まで・・」
と言うと「おこられる・・金、おかねおとしたらおこられる・・ごめんなさい、、ごめんなさい」
とぶるぶると震えていた。
私は今までどれだけ妹に酷いことをしてきたか気づいた。
妹にとって私はそれだけ怖い存在だったんだと気づいて自分で自分が嫌になった。

ぎゅーっと抱きしめたら冷たかった。それから二度と妹に対して手を挙げることはなくなった。

242 :241 :04/02/28 18:17 ID:hyduMO8m
父と母は幼い頃に離婚し、母が私たち二人を育ててくれた。
17で私たちを産んだ母は当時毎夜毎夜飲み歩いていた。
夜、一緒に寝て欲しかった。一緒にいてほしかった。けれど母は毎夜むっくり起きどこかへでかけてしまう。
今思えば朝にはいるのだから、大したことはないのだけれど
当時小学生だった自分は毎夜が心細かった。私たちより夜の飲み会のほうが大事な事がいやだった。

ある日ぐずる私に「お母さん、今日夜勤なの。だからぐずらないでね」と母は言った。
私は夜勤ならしょうがない、お母さんがんばってね。妹は僕がみておくから、とそう言った。
母はにこにこ出ていった。

夜私は妹とおにぎりとあついお茶を作った。働いてるお母さんに会いに行きたかった。
家から会社までは歩いて1時間くらいかかる。でもお母さんに届けたかった。
この間かってもらったジャンパーを妹にきせて、私も着た。ちょっとした旅行気分だった。
夜中歩いた。道道で「どうしたの?こんな夜に」と大人に声をかけられたけど、
妹の手をにぎって一生懸命先を急いだ。
不安だったけど合えばお母さんになでて貰えると思った。

会社についた。シャッターは締まっていた。その時初めて嘘をつかれたのだとわかった。
同じ道のりを帰った。

次の日それを母に言った「いやらしい!!!なんなん?あんたってコは!!人の会社までつけて!!!
いつからそんないやらしい子になったん!!ええかげんにしいや!」とはたかれた。
その時の事を思い出すと妹の事と同様せつなくなる。

256 :241 :04/02/28 22:18 ID:hyduMO8m
妹とは今でも仲いいですよ。最近結婚して子どもができた。

当時は自分でもどうしてそんな事をしていたのかわからない。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と何でもあとをついてくる妹がただただうざかった。
お前は「お兄ちゃん」と甘えればそれですむかもしれないが、こっちはそうはいかんのだ。
何も知らない顔でベタベタしやがって。という気分でいっぱいでした。当時はね。

妹を自分に接待服従させる事で自分の安心感を得ていたんだろうな。
妹の面倒を見てるのに「お兄ちゃんのくせに!」と折檻される腹いせだったのかもしれないです。

257 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/28 22:36 ID:IBU4GpMw
最近の思い出でなので微妙にスレ違いかもしれんが。

某宅配業者に勤めていて、お客から不在連絡票が入ってたけど、
もう帰るから帰りに直接寄ってその時受け取る、と電話で連絡を受けた。
電話の話し方からして8*3だ!と気付いたので、急いで荷物を探し、伝票も探した。丁度その時その客が来店(時間にして10分満たない時間)。
態度からしてもやはり8*3。てゆか届け先の会社からして8*3なので、
もう確実に8*3、そして電話口でも確認した「荷物は一つだけか?」を繰り返す。
態度には出さず、でも内心未着だったらどうしよう!非常に怯えながら笑顔で一つだけです!と対応。
サインひとつも渋りながら、なんとかその客は帰った。

その後帰ってきたドライバーに「8*3でしたよ!めちゃめちゃ怖かったですよ!!」と泣きつき、
何とか心の平常心を取り戻した。
ドライバーは笑顔で「そうそう、8*3なんだよ、ちなみに今日誕生日なんだ」と言った。
何故そんなプライベートを知っているのか?と疑問に思いたずねたら、電話口にて彼本人が言ったそうだ。そして

「今日はおれの誕生日だから、荷物がたくさん届くかもしれない。」

と。
聞いてなんだか切なくなった。それで一つだけなのか、と何度も聞いたのかと。
誕生日、たくさんの人に祝ってもらえると思ったんだろうな。
めちゃくちゃ怖かったし、今更だけど、おめでとうと言っておくよ。

262 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 03:59 ID:57bnUOCI
全部読んで泣いた。
せつなすぎるよ
みんなが持ってる優しい部分に心がキュンとした

しかし、この時間に女が一人で泣いてる
[鼻をすすり たまに笑って 鼻をかんでる 笑って]

これいかに?

263 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 04:20 ID:2zZh5Zyr
>262
せつない・・・

264 :おさかなくわえた名無しさん :04/02/29 04:39 ID:oTj+KomF
よっしゃ、じゃあ、>>262をもう一回泣かせてみよう(できるかな…)。

私は、4ヶ月の時に両親が借金で失踪したので
(いまだ会いにこない。別の町で2人も子ども作っているくせに)
ばあちゃんが親代わりに育ててくれた。

中学時代はグレるわ、大学では事故って死にそうになるわ、とさんざん迷惑を掛けたけど、
どうにか、私が社会人になるまで頑張ってくれた。

私が働きだした後、やっと自分の時間を取り戻したみたいに、海外旅行にはまり、
年に3,4回行くようになったそのちょうど20回目。
イギリスで交通事故に会い、即死したとの連絡を旅行社と外務省から受けました。
どうしても日本に連れて帰りたかったけど、遺体のままはダメだといわれ、
火葬し、お骨ではなく粉になって一緒に帰ってきました。

それから4年。
ばあちゃんもいない今、ひとりぼっちの生活がむちゃくちゃせつない。
時々、向こうの世界に行ったら一人じゃないよな…と思う。

長文スマソ。

318 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/01 23:30 ID:kb86uqQs
小さい頃に母が死んだので、兄ちゃんと俺は親父に育てられた。
まあ不器用な人だったから、素直な兄とは違って、俺はいろいろ親父と衝突した。
それでも兄弟二人、無事に社会人になり、両方合わせて5人の孫を親父に見せてやれた。

そんな親父がガンで入院。もう助からないのでモルヒネで痛みを和らげて最後を待つ日々になった。
モルヒネの幻覚作用で訳の分からないことばかり口走る親父を見て、
夢見ながら楽に死ねるのがせめてもの救いかな、なんて兄ちゃんと話していた。

ある日、俺が付き添ってるとき、急に俺の手を握って真顔になり、
「ちゃんと飯くってるか?風呂入ってるか?病気とかしてないか?」とか心配し出した。「
ああ、大丈夫だよ」と答えると、手に力を込めて
「父さん、お前のこと分かってやれなくてごめんな」と言った。
それきり、また幻覚の世界に戻っていった。

親父が死んで遺品を整理していたら、小学校の頃の作文とか通知票とか、
社会人になって初めての給料で買ってあげたネクタイとか、
いろんなものが詰まった衣装ケースが俺の分と兄ちゃんの分、宝物のように大事にしまってあった。

母が死んでから再婚もせず、好きな釣りもやめて仕事と子育てに追われるだけの日々を送った
親父。これから孝行してやれたのに。早すぎるよ・・・せつないよ・・・。

322 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/02 00:17 ID:F5qFrx8x
父は実は2chで言うDQNに近い人。
全然家族を省みず、切れやすいし、パチンコ三昧でサラ金で借金作って、何にも何にも先のこと考えられない。

で、愛想が尽きた母に離婚されてしまったんだけど(母はきっちり働く人)、
それを機にすごく人が変わった父から、時々電話がかかって来る。嬉しそうに
「お父さんさ、これから真面目に働くよ。お前元気でやってるか?」とか。
真面目にって言ったってもうすぐ60才じゃんか・・・。
あんまり嬉しそうに話すから、何にもしてもらえなかったのに嫌いになれなくてものすごく切なくなる。

380 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/03 23:55 ID:BRTHd8Y/
うちの父親は癌で亡くなったけど、最後は頭が壊れてしまったなぁ。現在と過去がごっちゃになってた。

私はちっちゃい頃から父さんが大好きで、結婚して子供を産んでからも、しょっちゅう孫を見せに行ってた。
5歳になった孫と私の区別が付かず、頭を撫でながら私の名前を呼んでいた。

いよいよダメだというとき、私が人目も憚らずに泣いていると、
父さんが意識を取り戻し、泣いている私を見て、
ちっちゃい頃と同じように優しく微笑んでくれた。
それから母さんを呼んで、イチゴを食べさせてやれと言っていた。
大好きなイチゴで泣きやんでいたのは5歳の頃の私だよ、父さん。

450 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/05 00:51 ID:T7u2QlWr
5年前、女房が男を作って、4歳の息子を残して家出した。
母親を求めて泣きわめく息子を最初は正直疎ましいと思った。
1週間もすると、二人とも現実を受け入れなきゃならないと痛感するようになり、
そのうちに男どうしの生活もうまく回り始めた。

慣れない家事をやってるうちに、
何もかも女房任せにしていた自分も悪かったかなとか思うようになった。
1年もすると、料理や家事もそれなりに上手くなり、息子とも最高に仲良くなれた。

突然、女房に雇われたという弁護士から連絡が入った。
俺と正式に離婚して、さらに息子を引き取りたいと言う。
なんでも女房の相手は結構な金持ちらしく、あちらも奥さんとの離婚がやっと成立したそうだ。
ふざけるなと言う俺に、裁判をすれば親権は100%母親に行くと弁護士は強気だった。

その夜、風呂に入りながら息子に
「ママがお前と暮らしたいって言ってるけど、どうする?」と 聞いてみた。
案の定、息子は目を輝かせながら「いつ?いつ?」とはしゃいだ。
息子が嫌がったら絶対に渡さないと思っていたけど、あの目を見たら、俺と暮らそうとは言えなかった。

いろんな手続きがあって、息子は(元)女房のところへ行ってしまった。
数週間後、俺の口座に大層な金額が振り込まれていた。
その日に届いた手紙には、息子は新しい父親に懐いているから、もう会わないで欲しいと書かれていた。

ドブに捨てるような使い方をしてやろうかとも思ったが、その金には手を付けないことにした。
息子が成長して免許を取ったら、車でも買ってやろう。それまで俺のことを覚えていてくれるだろうか。

496 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/06 03:46 ID:8Y1DBaBV
遠距離の彼女が二ヶ月ぶりに遊びにきたときのこと。
初めて俺の家に泊めたんだ、その時。
数日の滞在の後、彼女を駅まで送り見送った後、自室に戻ってきたとき、
なんだか自分の部屋がものすごく広く感じた。
さっきまで当たり前のようにそこで寝てた彼女がいない。
シングルの布団に身を寄せ合って寝た4日間。
手を伸ばせばそこにいた彼女はもういない。
布団に転がったら彼女が使ってた枕から彼女のシャンプーの匂いがした。
枕抱きしめて声押し殺して泣いた。
あれから2年経ってまだ遠距離持続中だけど…
やっぱり彼女が帰った日は部屋に残る彼女の気配がつらい…

527 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 00:29 ID:5ViQ33Rq
幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。
学もなく、技術もなかった母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。
それでも当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に暮らしていけた。

娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、
近所の河原とかに遊びに行っていた。
給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。

ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた。
俺は生まれて初めてのプロ野球観戦に興奮し、母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。

野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。
母がもらったのは招待券ではなく優待券だった。
チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わなければいけないと言われ、
帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、外のベンチで弁当を食べて帰った。
電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、母は「母ちゃん、バカでごめんね」と言って涙を少しこぼした。

俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命に勉強した。
新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。結婚もして、母に孫を見せてやることもできた。

そんな母が去年の暮れに亡くなった。死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように
「野球、ごめんね」と言った。俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。

559 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 15:54 ID:1Nu6J6Uc
高校のとき、駅前で制服でタバコを吸っていたら、父親くらいの男が寄ってきて、
「高校生のくせにタバコなんか吸うんじゃない」と説教してきた。
うざいのでシカトしてたら、「人は些細なことから道を踏み外していくんだぞ」と言う。
今とは違い、当時、人前で、しかも制服でタバコを吸ってる奴はほとんどいなくて、
実際、俺もちょっと道を外し掛けていた。

「うるせーな、ほっとけよ」と言うと、
とつぜん、その男が俺のタバコを取り上げて自分で吸い始めた。
「何すんだよ」と言おうとしたら、「そうか。お袋さんも元気か」などと陽気に話始めた。
その直後、俺の死角だった路地からパトロール中の警官が2人出てきた。

「ここは禁煙ですよ」と注意されると、その男は、「あ、すみません」と言って
タバコを捨て、踏み消した。
「こんなところに捨てないでください」とまた叱られると、ポケットからティッシュを出して、吸い殻を包み、
「じゃあ、またな」と俺に言ってどこかへ行ってしまった。
去ってゆく背中が咳き込んでいた。普段はタバコなんて吸わない男なんだろう。

それからも別に素行や生活に変わりはなかったが、道は踏み外さずに、何とか
社会人になれた。

人の親になった今、あのときのことをたまに思い出すと、何だかちょっと切なくなる。

589 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/07 19:59 ID:dmkb/xQv
年取ってから話が長くなったおふくろ。毎日のように、つまらないことで電話してくる。

ある日、心底疲れ切って会社から戻り、風呂から出てくつろいでたら、
またおふくろから電話があった。
女房が電話に出て、口調でおふくろだと分かったから、
今日は話を聞いてる余裕もなかったし、手で×を作って留守だと言ってもらった。女房の微妙な口調の違いで居留守だと分かったのか、次の日から電話が来なくなった。

3日後、おふくろから荷物が届いた。
開けると俺の好物の、おふくろ手製の漬け物が詰まっていた。
寒い中、また今年も一生懸命に漬けたんだろうと思うと、居留守を使った自分が悲しくなった。

あれから電話の回数は減り、すぐに切ってしまうようになった。
こっちから話を引き延ばそうとしても、あまり話に乗ってこなくなった。
そうこうしているうちに身体を壊し、入院してあっけなく死んでしまった。
もちろん俺が冷たくしたから病気になったとか、そういうわけじゃなくて、
たまたま偶然タイミングがそうだったんだろうけど、かなり落ち込んだ。

死ぬまでに話をできる時間は限られていたんだよな。気付くの遅かったな・・・

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せつない話を直感でざっとあげてみました。はい。かなりせつないです。
2ちゃんで久々にぽろっと涙がでました。
大人になると、なんか色んな事わかっちゃって、それゆえに色んな事思いますよね。

本当は日曜の早いうちにあげたかったんですけど、バイトがあったのでこんな時間になってしまいました。

では最後に本当にせつない話を。

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607 :おさかなくわえた名無しさん :04/03/08 00:01 ID:FB7CtShE
女が居ると変に気を遣うから、たまには男だけで、
女の前じゃできない話とかしながらバーベキューをしようという話になった。
賛同してくれた奴は結構多くて、10人以上も集まった。

昼休みに計画を立てていると、昼飯から帰ってきた同僚のOLが「何やってるの〜?」と覗きに来た。
計画を話すと「バーベキュー? 行きた〜い」とか言い出した。
俺が「今回は男だけのバーベキューだから、またね」と言ったら、
一人の男が「いいじゃん、別に」と言い出した。
「それじゃ男だけのバーベキューの意味が無くなるだろ」と言ったが、
「じゃあ、お前ら勝手にやれよ。俺たちは女の子も誘って別にやるから」という話になった。

あっちに賛同して抜けたのが3〜4人いたが、残った連中で男バーベキューをやることになった。
道具と材料は全部言い出しっぺの俺が用意して、当日に予算を頭割りすることになった。

で、当日。早めに会場に着いて器具をセットし、火を起こした。
缶ビールを飲んで待っていると携帯が鳴り、1人が急に参加できなくなったとのこと。
その後もドタキャンが相次ぎ、結局は俺ともう1人の二人だけでバーベキューをする羽目になった。

後日、同僚の女が「見て見て〜」と、あっちのバーベキューの写真を見せに来た。
ドタキャンした連中がみんな写っていた。せつないぜ・・・。

--------------------------------------------------------------------

・・・(つ〜;)

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