Genji Hikaru なんて、あんまりだ
2,"Eiichi Ohtaki." 英語だからといって、人の名前を逆さまにする時代はとっくに終わっている気がする.もし、その逆のケースを考えて、たとえば
Stagecoach, a film starring John Wayne
という映画を
「ジョン・ウェイン」主役の『駅馬車』
にすると、日本人にはわからないから
「ウェイン・ジョン」主役の『駅馬車』
にしなくてはいけない、というようなことをいう人がいると、その人がもつ文化的偏見をいくらかは感じられるであろう.日本の科学者が Albert Einstein のことを日本語で論じるとき、皆、アルベルト・アインシュタインといい、日本語だからといって、アインシュタイン・アルベルトという人は、まずいないであろう.しかしながら、同じ科学者の中では、英語だからというので Hideyo Noguchi と、逆さまにする人が少なくなかろう.
私は、アメリカの大学院で日本近代文学を専攻したが、皮肉なことに「ソウセキ・ナツメ」という言い方を初めて聞いたのは、日本に来てからであった.実は、そういわれても、しばらくは、誰のことをいっているかぴんとこなかった.
またあるとき、日本語の会話の中で突然「モンザエモン・チカマツを知っていますか」ときかれたこともある.それは、私の顔がどこか気になって、ついそう言ってしまったのか、それとも、親切のつもりでわざわざ逆さまにしてくれたのか分からないが、とても不思議な感じがした.
でも、これくらいのことを気にしていると、日本での生活ができなくなる.切ないことである.私は日本の大学生に "Genji Hikaru" とまでいわれたこともあるのである.
アメリカのニュースでは中国人や韓国人の名前は、Mao Tse Tung(毛沢東)とか、Kim Dae Jung(金大中)といっているのであって、けっして Tse Tung Mao とか、Dae Jung Kim とはいわない.ところが、日本人の名前になると、おかしなことに Yasuhiro Nakasone とか Noboru Takeshita となってしまうのである.これは日本人自身が順序を逆さまにしてきたから、そうなっているにすぎないのである.しかし、そのために、ふつうのアメリカ人は、これが日本人のほんとうの名前だと思いこんでしまっているのである.日本の国際化のためには、このような明治時代からの考え方をこのあたりでやめてもよいような気がするが、どうであろうか.
さて、この本の第1刷は 1988 年に行われており、最近の英語教科書もほとんどは『姓+名』の順番で表記されているようです。新しい教科書で習った人たちがこれからどんどん入ってきて、同じ会社で働くとなると、彼らは「なんで上の連中は『名+姓』なんだろう。アホ?」と思うかも。
まあ、Last Name が姓で、First Name が名ということを知っているのなら特段言う事はないのです。"What's your last name?" という質問にきちんと答えられるなら問題も起きないだろうし。
自分は "SEI Mei" 派〜。
ということを言いたかっただけ。