私が女であるということ



序〜刀子〜



「ツキがなかったわね」
 目の前に現われた農夫の集団を一瞥し、私は疲れた声で呟いた。
竹槍程度の粗末な武器しか持たぬ一団だが、彼らは搾取されるだけの弱者などではない。
たとえ相手が侍であっても、勝てると踏めば牙を剥き、命や金品を奪っていく。
特に負け戦の後は悲惨なものだ。多くの落ち武者が、こうした輩の犠牲になる。
「どうしますか、刀子さん」
 先頭の侍が振り返り、私に指示を仰ぐ。別に私たちは落ち武者というわけではない。
この付近で獣を狩り、那古屋へ帰ろうとした途中に襲われただけだ。どうにか戦えるだけの力は残っていた。
ただ、些か疲れすぎてはいたが。
「少し予定が狂ったけれど、これで切り上げましょう。勝って、那古屋へ帰るわよ」
「わかりました」
「承知」
 侍と忍者、二人の男の覇気に溢れた声が返る。大丈夫だ、士気は落ちていない。
地力も、相手の集団より私の徒党のほうが上だろう。多少消耗していても、勝てる筈。
「あの農夫から倒しましょう。小百合はすぐに結界を。準備の要る術は使わないで。補助的な動きで構わないわ」
 消耗していた陰陽師の小百合にだけ、特別な指示を与える。それ以上は必要なかった。
侍の太郎君も忍者の清広君も信頼出来る男たちだ。目標だけ示せば、後は上手くやってくれる。
「高天の原に神留まります、皇が睦、神漏岐、神漏美……」
 太郎君と清広君が動いたのを見ながら、私も祝詞を唱え始める。
小百合が結界の準備をしているのも見えた。農民の何人かが、太郎君たちと切り結ぶ。
「──死ね!」
 太郎君たちを避けた農民の一人が、私の胸を狙って竹槍を突き出した。
身を捻って急所は避けるが、逸れた切っ先が肩を掠めた。小直衣が裂け、血が流れる。
「刀子さん!?」
「生きてるわよ。いいから、仕事をしなさい」
 振り返りそうになる太郎君を制し、私は祝詞を続ける。
徒党全体の力を様々な形で底上げする祭式は、敵方にとって相当目障りなものだ。
察するや否や力ずくで止めに掛かってくる。
いくら太郎君が守ろうとしてくれているとはいえ、全てを彼に押し付けられるほど虫のいい話もなかった。
「……祓い給い清め給う事を天つ神国つ神八百萬の神たちと共に聞し食せと畏み畏み申す」
 私の祝詞に応えて風の神が降り、仲間に加護を与える。
楽な戦いではなかったが、それでも私たちは優勢にことを進めていった。
敵方は瞬く間に一人が倒れ、残る四人も傷付いている。そして勿論、私たちは一人の犠牲者も出していない。
「刀子、もう一人だ!」
 清広君が鋭く注意を促した直後、太郎君をすり抜けた竹槍が私の脚を抉る。
横の小百合が息を呑んだのがわかった。
「刀子さま、結界を!」
「それよりも、貴方が相手を呪縛してくれた方が効果的よ」
 張ろうにも結界の用意はしていない。神職に就く私が求められる仕事は多いのだ。
どうしても、諦めなければならないことはある。お気に入りのこの小直衣とか、嫁入り前の綺麗な身体とか。
 小百合に微笑み、私は弓に鏑矢を番えた。
敵方の一人が治療の準備に入ろうとしていると感じたのだ。太郎君や清広君もその敵に狙いを定めてくれている。
援護しなければ。
「急々如律令奉導誓願可不成就也……」
 矢を放った直後、鏑の鳴る高い音に紛れて聞こえた呪に私は耳を疑った。
小百合が長い準備を必要としている術を使おうとしているのだ。
「貴方!」
 思わず私は声を荒げる。この戦いが始まる前、一番消耗していたのは彼女だ。傷も負っている。
だから、この戦いでは敵の標的にならぬよう、目立たない行動で補助に徹するよう指示を出しておいたのに。
 私と太郎君、清広君の攻撃によって治療を行おうとした敵方の一人は倒れていた。
だが、残された三人は小百合の術を脅威と見て彼女に殺到する。
「太郎君!」
「わかってますよ!」
 悲鳴に近い私の声を、彼は充分に受け止めてくれた。敵と小百合の間へ割って入るように立ちはだかる。
だが、彼がどれほど気持ちを篭めても、一人で三人は止められない。
 二人が太郎君の横をすり抜け、竹槍の一本が小百合の脇腹を貫く。彼女が悲鳴を上げてよろめいた。
私が弓に矢を番えている間に、もう一人が彼女へ迫る。術に集中している彼女に、槍を躱すことは出来ない。
「──燃えよ!」
 だが、その槍は小百合へは届かなかった。
彼女へ突っ込んだ敵の足が一瞬止まり、その直後業火の術が三人の農夫を焼き払ったのだ。
 後一突きで小百合の命を奪えた筈の農夫が、人型の松明となって彼女の前で崩れ落ちる。
その首に立った矢を見て、小百合は私に笑い掛けた。
「信じていました、刀子さま」
「前に言ったでしょう?」
 笑いそうになる膝を懸命に支えながら、私も負けじと微笑み返す。
矢を放つのが僅かでも遅かったらと思うと、怖くてたまらなかった。しかし、まだ弱気は見せられない。気持ちが萎える。
「私が党首でいる限り、誰も死なせないと。さ、新手が来ないうちに早く帰りましょ。流石に次は自信がないわ」
 私は鼓を取りだし、風の神を降ろす音曲を奏でる。
顔に出さないだけの分別は残っていたが、それでも自分が激しく動揺していたのはわかっていた。
一刻も早く那古屋へ帰りたい。
単に徒党の便宜を図る為でなく、自分の為にこの術を使ったのは随分と久し振りのことのような気がした。



「ほら見て下さい、刀子さま。新しく作ったんですよ」
 行灯の光の中、小直衣の破れた箇所を繕う私の横で、小百合が笑いながら新しい服を並べていく。
千早、衣冠、束帯、直衣と並べられた品は私が着ている小直衣より更に上等なものばかりだ。
巫女の正装とも言える千早は当然として、本来男装である衣冠や束帯、直衣が混ざっているのは、
女だてらに小直衣など着ている私の好みへの配慮だろう。
女の男装は白拍子の水干が有名だが、小直衣となると少し珍しい。
「着てみて頂けますよね?」
「試着だけならね」
 歯で糸を切り、私は機先を制す。試着した後の彼女の言葉は想像が付いていた。
気に入ったものがあれば貰って欲しいとでも言うのだろう。
 言い出す前から希望を退けられ、小百合が露骨にがっかりした顔をする。
それを意に介さず、私は針を進めていった。
「……言い付けに従わなかったこと、怒っているんですか?」
「当たり前じゃない」
 こちらを窺うような目付きの小百合を、私は一瞥もしない。
実際、昼間落ち武者狩りの農民たちと戦った時の彼女の行動に気分を害していたのだ。
 普段、徒党を率いる私の仕事はそう多くない。進退の判断と目標の設定程度だ。
それだけ決めれば、後は徒党の皆が上手くやってくれる。各自の行動になど私が口を出す必要はない。
 だが、あの戦いの時は特別だった。
小百合にだけは、結界で自分を守ることと、発動に時間の掛かる広域殺傷術を使わないよう命じていたのだ。
 発動に時間の掛かる術は多くの敵を引き付け、しかも術を放つまで本人は一切回避を行えない。
万全な時ならともかく、あの状況では生命の危険も大きかったのだ。
実際、私が矢を放って一人の動きを止めなければ彼女は間違いなく斃されていた。
結果的に切り抜けたとはいえ、私が心中穏やかでいられないのは当然だ。
「けれどあの時は刀子さまにあまりにも攻撃が集中していたから、早く終らせないと危ないって思ったんですよ……。
それに、私が術を使えば標的を分散させる効果もあると思いましたし……」
 細々と、小百合は言い訳めいたことを並べていく。それ自体が、自分の非を認めているも同じだった。
並べた装束は贖罪のつもりか。
「気に入らないわね」
 私は低く呟く。俯いていた小百合が、怯えるように顔を上げた。
「私の言い付けを破ったことも気に入らないけど、高価な服で許しを請おうとするのが更に気に入らないわ」
 結局それは、金品で私の歓心を買おうとしているに過ぎない。そうすれば、許してもらえると思ったのだろうか。
 何故そうまでして私の許しを請う必要があるのか。それは、彼女が私のものだからだ。
私に捨てられることを恐れるからだ。だから尚更気に入らない。
「莫迦な子ね」
 小直衣を床に置き、私は小百合の顎を捕らえた。そして虎が獲物を仕留めるように、すぐさまその唇を奪う。
 高価な贈り物で許しを得ねば、愛されなくなるとでも思ったのだろうか。
それは、最早私への侮辱だ。誤りは正されなければならない。
「ん……は……」
 舌を絡めとられ、彼女が小さく喘ぐ。顔に安堵が仄見えた。
「言ってごらんなさい。貴方は何?」
 耳朶を軽く噛みながら、私は彼女の耳元で囁く。
口元から洩れる甘い吐息を楽しみながら、私は彼女の首筋に唇を走らせていく。
「私は……刀子さまのものです。刀子さまの僕です……」
「貴方の主の心は、装束の一着や二着で買えるほど安いものなの?」
 家に戻った私たちは、お互いに楽な衣装へ着替えている。
私は白衣に緋袴、小百合は長袴に薄絹の単という軽装だった。
私は巫女の普段着だから問題ないが、小百合の姿は到底人に見せられるものではない。
薄い布地は、肌を隠すという衣服本来の役目をほとんど放棄している。
 羽織っただけの単の前を、私は大きく開かせた。
露になった胸元に唇をあて、歯を立てんばかりに強く吸う。私の印が、白い肌に赤く残った。
「いいえ……いいえ……」
 肌にいくつも痕を残されながら、彼女は何度もかぶりを振る。
長袴の紐を解きながら、私は小百合の細く小さな身体を抱き締めた。再び唇を奪い、柔らかな感触に一時酔う。
「いい匂いね」
「刀子さまだって……」
 小百合の髪を掻き分け、目蓋にくちづける。
私の為すがままにされながら、小百合も私の頭へ手を伸ばした。
烏帽子を被る為に髻を気取って編み上げていた私の髪が、下に落ちて小百合に掛かる。
「いけない子ね。また結うのは大変なのよ」
 続いて緋袴に伸びる小百合の手を意識しながら、唇を重ねる。彼女とのくちづけは、何度交わしても飽きることがない。
「──待って」
 袴を脱がされ、白衣にまで小百合の手が伸びる頃になって、私は一度身体を離し、思い出したように行灯の火を消した。
その背中に小百合が抱きつき、やがて湿った空気が肩に触れる。
二人の衣服を床に敷いて、私たちは素肌を重ね合わせていった。





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