タイトル:夢
作者:95



私は夢を見ていた。
それは幼き頃の夢。
いつも近くにいた鍛冶屋が嬉しそうに自分の夢を語っている夢。
ともだちをまもるんだ!とまっすぐ前を見てそう宣言していた彼。
二人で一緒に真ちゅうを掘っていた夢。
互いに顔を赤くして抱き合った夢。
ついに彼に抱かれることが出来た夢。
そう、私は夢を見ていた……





私は目を開ける。
あたりはすっかり暗くなっていた。
味方要害の影の誰の眼にも触れないところでの久方ぶりの休息だが、気が昂ぶっているらしく、眠りは浅い。
合戦上に篭ってもう四日目。
特にこの二日は不眠不休。
戦況は不利。
そうそう長くは休んでいられないけど……

「おぅ!やっと見つけた!!」
まどろみの中、その声が疲れきった体を覚醒させる。
そう、私が彼の声を聞き逃すはずがない。
幼馴染であり、つい先日、この合戦が始まる前の晩に想いを伝え合い、体を重ねあった彼の声を。
彼は細かい傷だらけ、泥だらけではあったが、それでも元気そうに私の近くに腰を下ろし食事を始める。
「まいったぜぇ、みんなとはぐれて一息入れようにも前線が後退してるからおちおち休めもしねぇ」
でも、お前がいてくれてよかった、と無邪気に笑う。
あぁ、やはり彼の笑顔は私に力をくれる。
疲れきった体にちょっとだけ元気がでてきた。
でも、普段の彼と比べて覇気の無さが気になった。
そういえば、先ほどの軽口も本心ではあるだろうけど、いつもとは違っていた。
そう、彼は落ち込んでいる。それがわかった。

「どうしたの?何か、何かあったの?」
私の言葉を聞くと、彼は悲しそうに顔を伏せた。
「ひどいもんだった……。先陣は壊滅だ。その乱戦で……」
彼は言いにくそうに口篭もる。
「侍の兄ぃが…。兄ぃが倒された……」
そうか…。
彼が逝ってしまったか…。
話を聞くと巫女を庇って倒されたらしい。
いかにも彼らしかった。
目の前の少年が目標としていた、仲間みんなを護れる強さを持った人だった。
その最後も、仲間を護った、しかも巫女を護ったことで、彼にとって悔いの無い最期だったのだろう。
思えば彼と巫女は不思議な関係だった。
今はこの国にいない忍びと侍のように色のある関係ではなかったが、あの二人ほど互い理解していた二人は
いなかったのではないのだろうか。
巫女が心配だ。
彼女の強がりをしっているから、心配だ。
きっと落ち込むはず。誰にも見えないところで彼女は泣くはずだ。
「俺は……俺は近くにいたけど…何もできなかった。兄ぃを護ることもできなかった…」
目の前の少年が血を吐くように呟く。
幼き頃の誓いを護ることができなかった自分に憤りを感じている。
手にした金砕棒がぐっと握り締められる。あぁ、彼を抱きしめてあげたい。
抱きしめて大丈夫だよといってあげたい。でも……でも………

ぱぁん!

乾いた音が響き渡る。
彼は叩かれた頬を押さえている。
わかってよね…、わかってくれてるよね…
私からは何も言わない。
何も言えない。
言うわけにはいかない。
「………ありがとう、な」
彼はぽつりと呟く。
二三度頭を振ると今度ははっきりした声で言う。
「ありがとうな。いつまでもここで悔やんでいる場合じゃないよな。まだ護れる人たちがいるはずだ。
今の俺でも護れる人たちがいるはずだよな」
決意を込めて呟く彼に私は微笑む。
やっぱり彼は前を向いているのが似合う人だ。
やっぱり私はこの人を愛すことができて、この人に愛されることができてよかった。
「お前にはいつでも助けられるよ。…俺、お前を好きになってよかった…」
多分、今の私の顔はひどい顔だろう。
嬉しくても人は泣けるのだ。嬉しいからこそ人は泣けるのだ。
それはこっちの言葉なんだよ。貴方のその前を見る強さに私は助けられてきたの。
これから先もそのままの貴方でいてほしい………
「あ、待って…。防具、直してあげる…」
彼の大金箔はすでにぼろぼろだった。
いや、大金箔だけじゃない。
兜も帯も全てがぼろぼろだった。
「よくここまで戦ったわね。朱紐、切れかけているじゃないの…」
腰の道具入れから予備の朱紐を取り出し、交換しようとする。
「……あっ」
思わず声が漏れる。
彼の着ている大金箔に見覚えがあった。
この朱紐の結び方には覚えがあった。
…これは私が始めて作った大金箔だ。
初めて真ちゅうを揃えて作った、大金箔だ。
「……これ、まだ持っててくれたんだ」
「まぁ、な。あれからいくつも大金箔を作ってもらったけど、これだけは別物だよ。ここ一番って時にしか着ない。
それくらい、これには価値があるんだよ…」
照れた様にそっぽを向く彼。
でも、そんな彼が愛しかった。
私の気持ちをわかってくれていたことが、すごく嬉しかった。
「……はい!これで修理は終わったよ。これからまた行くんでしょ?」
「あぁ!まだ戦いは続いているからな!」
そして、立ち上がり、走り出そうとした彼は、急に足を止め、こっちの顔を覗き込む。
「……どうしたの?」
「……やっぱり大丈夫か?何だか元気がないぞ?」
……動揺するな。平静を保て。
私は笑顔をつくって、立ち上がる。
「大丈夫よ!ほら、顔色も悪くないし……って、こんなに暗くっちゃ見えないか……っと」
思わず足がもつれる。彼はそんな私の両肩を支えてくれた。
「大丈夫じゃないだろ?人、呼んでくるな」
「ま、待って!!ち、違うのよ。ちょっと昨日から戦場走り回って寝てないの。ちょっと疲れているのかもね…」
「ん……そうか。じゃぁ……」
彼は軽く頷くと、私の肩を引き寄せ………
「……んっ」
「へへへっ、これでゆっくり休めるだろ?すぐ戻ってくるから、ここで休んでろよ。じゃな!!」
彼は照れ隠しに頭をかきながら今度こそ前線へと走っていった。


困るなぁ……。本当に困るなぁ…。普段は鈍いのに、何でこういうときだけ勘がいいのだろう。
彼が走り去った後姿を捉えながら、私は柵を背に座り込む。
…いや、違う。もう足を支えるだけの力も無くなっているのだ。
わき腹から流れる血は止まらない。
初日に狙撃された傷は、この合戦中何度も口を開き、私から生命を奪い去っていった。
でも、もうそれも終わり。
奪い取れる生命なんてもう、ないよ……
今度こそ私は目を閉じる。
彼の言う通り、ちょっと休もう…。
彼が心配だけど、きっと仲間達がいるから、大丈夫。
……うん、きっと大丈夫なんだから…………



私は夢を見る。
夢の中では彼がいて。
彼らがいて。
彼女らもいて。
笑っていた。
みんな笑っていた。
忍びが侍の腰に手を回し、見つめ合っていた。
侍は巫女と楽しそうに言い合っていた。
陰陽は嬉しそうにはしゃぎまわる少女を見て、目尻を下げていた。
薬師は酒を片手に採集仲間たちと大騒ぎしながら笑っていた。
僧は、禿頭の僧を何故か怯えさせながらもいつものように微笑んでいた。
くのいちはいつもと変わらず甘いものを食べていた。
でも、きっと彼女も笑っているはずだ。
神主が、そんなくのいちをみて微笑しているのだから。
彼も。私の一番大切な彼も。
私を見て笑っていた。それは誰よりも素敵な笑顔で。
そんなみんなを見ていられるのはとても幸せで。

桜の木の下で。
海岸の花火の下で。
温泉の旅館の一部屋で。
紅葉の山で。
雪見景色で。
彼と始めて過ごしたあの部屋で。
昔の夢を。
今の夢を。
見ることかなわぬ先の夢を。

私は大切なみんなの夢を見る………………










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