夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ2

別のところで見た話も多いかと思いますが、
良い話は何度読んでも感動するということで。
長いですのでごゆっくりお楽しみください。
42 :素敵な旦那様:2005/11/02(水) 23:26:32
他所でも書いたんだけどこれはうちの娘共の話。
長女(当時4歳)が幼稚園の行事の参加記念品だかで箱に入ったクレヨンの
セットをもらってきた。
ところが、こともあろうにその日の夕方、見事に全部折っちゃった。
当然うちの嫁は激怒、しかられて長女も大泣き。それで、
「お前、なんであんなことしたんだよ?」
と聞いてみたら、
「○○ちゃん(次女、当時2歳)と ヒック
クレヨン半分こするって ヒック
約束したんだもん ヒック」
思わず長女を抱きしめた。
翌日、どこから持ってきたのか透明な容器に半分に折られたクレヨンが
きちんと全色分しまってあるのを見て、ちょっと目の潤いが多くなってしまいました。
66 :素敵な旦那様:2005/11/05(土) 10:26:36
先日、嫁と「もしお互いのどちらかが死んでしまったらどうする?」
って話をした。
おれ「子供(現在1歳)を一人前に育てあげた後なら再婚も考えるのかもな〜」
嫁 「え〜、私はあとを追って一緒に死ぬよ」
おれ「あほか!残った子供はどうすんだよ!お前が育てあげなきゃ駄目だろう!」
嫁 「あなたが死ななければいいのよ」
おれ「・・・・・。」
(心の中で、元も子もねぇ・・・って思った。)
でも、その会話以来自分の死というものが本当に恐ろしくなった。
車の運転には人一倍気を使うようになった。
また、健康にも気を使うようになった。
嫁よ、これが狙いだったのか・・・?
そうだな、お互いいつまでも一緒に生きていく事が一番いいもんな。(勝手にちょっとジーン)
94 :素敵な旦那様:2005/11/14(月) 21:52:21
子供たちとディズニーシーへ行ったら、「リトルマーメイド」のアトラクション
に出てきたでっかい魔女アースラが印象に残ったらしく、しばらくは言うことを
きかない時、「んじゃ、寝てる間にアースラ呼んどこう」と言うとおとなしくなるようになった。
ある夜、例によって言うことを聞かない次女(3)と三女(1)に向かって、
「んじゃ、アースラを……」と言ったところで玄関の呼び鈴が「ピンポーン」。
宅急便が来たんだが、それをいいことに
「お、もうアースラ来ちゃったねえ。
○○ちゃん(次女)とか△△ちゃん(三女)連れてっちゃうぞお!
明日の朝にはお前らウツボ(アースラの手下)にされちゃうんだ。 ひっひっひ〜」と脅かしたら……
突然長女(5歳)が絶叫して、次女と三女をすごい力でひきずって部屋の角隅へ連れて行き、
顔をくしゃくしゃにして泣きながら、
「やだ!やだ!ぜったいイヤだ! アースラなんかやっつける!!」
と次女たちの前で通せんぼのスタイルで仁王立ちになって叫んだ。
女房と二人で顔を見合わせてぽかーんとしてから爆笑いたしました。
ただし、オレの目に涙が出たのは笑ったせいだけではないようでした。
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素敵なエピソードですけど、
嘘を使った躾は良くないと言いますよね。
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98 :素敵な旦那様:2005/11/14(月) 23:12:02
最近妻が流産した。2人目の天使になるはずだった。
落ち込んだ。
仕事に行っても何もやる気が起きなくなってしまった。
そんな時、家に1年前からいる天使が初めて喋った。
「おかーり」
それから、俺が帰宅すると必ず
「おかーり」って迎えてくれる。
俺は幸せだ。
145 :素敵な旦那様:2005/11/21(月) 19:10:58
「パパ、パパは1時間でいくら稼いでいるの?」
はにかみながら、息子は尊敬の眼差しで、仕事帰りの父親を迎えた。
父親は、厳しい表情で答えた。
「そういうことはお母さんにさえ言ってない。疲れてるからいらいらさせないで。」
「でもパパ、お願いだから教えてよ。1時間でいくら稼いでいるの?」
子供はしつこく粘った。
父親は厳しい表情をくずし、「1時間で200ペソだよ」と答えた。
「パパ、ぼくに100ペソ貸してくれる?」と子供は父親にきいた。
父親は激怒し、ぶっきらぼうに言った。
「だからお父さんがいくら稼いでいるのか知りたかったのか。ずうずうしい子だ、
もう寝なさい。そしてお父さんのじゃまをしないでくれ。」
夜になり、父親はさっき起こったことを振り返り、少し罪悪感を感じていた。
もしかしたら、息子は何か買って欲しかったのかもしれない。
最近、ちっとも息子と遊んでないじゃないか。せめて何か買ってやるのも……
痛む良心を楽にするために、父親は息子の部屋へ行き、小さい声で話しかけた。
「もう寝たのか?」
「どうしたの、パパ?」寝ぼけながら子供は返事をした。
「さっきお父さんに頼んだお金だよ」父親は答えた。
「パパありがとう!!」
子供はそう言い、枕の下に手を入れ、数枚の札を取り出した。
「パパ、これで200ペソだ。パパの1時間をぼくに売ってくれる……?」
187 :素敵な旦那様:2005/11/30(水) 19:41:12
俺は小学生の頃に母の作った炊き込みご飯が大好物だった。
特にそれを口に出して言った事は無かったけど母は判っていて
誕生日や何かの記念日には我が家の夕食は必ず炊き込みご飯だった。
高校生位になるとさすがに「又かよっ!」と思う様になっていたのだが
家を離れるようになっても、たまに実家に帰ると待っていたのは母の
「炊き込みご飯作ったよ。沢山食べなさい」の言葉だった・・・
会社に電話が来て慌てて向かった病室には既に近くの親戚が集まっていた。
モルヒネを打たれ意識の無い母の手を握り締めると
母の口が動いた。何かを俺に言いたそうだった。母の口元に耳を近づけると
「炊きこ・・・たよ。たくさ・・・・さい」と消え入りそうな声で言っていた。
それが最後の言葉だった。
「ママの作ったスパゲッティー大好き!」口の周りを赤くしてスパゲッティーを食べる娘と
それを幸せそうな目で見つめる妻を見る度に母の炊き込みご飯が食べたくなる。
216 :素敵な旦那様:2005/12/10(土) 10:47:43
待ち合わせた彼女を待ってて見かけたのは、大学生風のカップルだった
男が女の子の正面に立って、何かしきりに手を動かしてた。手話だ
彼はやっと手話を覚えたこと、覚えるのは結構大変だったこと
女の子を驚かせようとして、その日まで秘密にしてたことを伝え、
女の子の方は彼が勉強してることを知らなかったこと、本当に驚いたこと、
嬉しいと思っていることを伝えて、そのうちもどかしくなったのか彼の手を握って
2度3度、嬉しそうにその場でほんの少し飛び跳ねてみたりしてた
悪趣味な盗み聞きだとは解ってたけど、その時ようやく手話を使いこなせる
様になったばかりの俺には、それは例えば外国の街で突然耳に入ってきた
日本語が気になる様に、申し訳ないけどどうしても気になる光景だった
たぶん、俺はにやけてたと思う。怪しい奴に見えたかもしれない。
でも、それは微笑ましくて、こっちまで心があったかくなる光景だった
服の裾が引っ張られる感覚に振り返ると、そこに俺の彼女が来ていた
何を見てたのかとか、顔が嬉しそうだとか、もっとはやく私に気づけとか、
微妙に頬を膨らませて、もの凄い勢いで手話を繰り出す彼女に、
俺は手話でごめんなさいと伝え、ちょっと昔を思い出してたことを伝えた
それでも彼女は少し首を傾げ、その”昔”を知りたそうな表情だったけど、
俺は笑ってごまかした
今目の前にいる女の子を驚かそうと、秘密で手話を勉強してた頃の事だ
……とは、恥ずかしくて言えなかった
238 :素敵な旦那様:2005/12/12(月) 19:50:28
さっき実家に帰ってきたんですが、朝からメールがたくさん来ました。
午前8時「家を出ましたか、気をつけてね」
午前9時「もう電車に乗りましたか」
午前10時「ご飯のリクエストあつたら教えて」
午前11時「今どこですか」
午後0時「まだかな」
午後1時「ちよつと買い物に行きますね」
午後2時に「駅についたからもうすぐだよー」と返信。
午後2時30分、母からメール
件名:大変な事が
本文:玄関開けたまま待つてたらもも(猫)が出ていつちやつた。
たぶん○○(私)を迎えに行ったよ、とちゆうで見かけたら連れてきてね
家の近くで本当に猫が座って待っていたので驚きました、嬉しいw
あと、玄関の前でまだ母が待ってたので笑いました。
家に入ったら父が私の好物のうどんを打っていて、弟がスイカを買ってきてくれた。
実家はいいなぁ、ただいま〜(*´∀`*)
243 :素敵な旦那様:2005/12/17(土) 00:15:29
母親が露骨に妹の方ををかわいがってた。
そのせいか、何か私に困ったことがあると助けてくれるのは、いつも父。
夜中地震がきたとき、うすく目をあけると、私に覆い被さるようにして
落下物から守ってくれていたり(何も落ちてきやしないんだけど)、
青信号で横断歩道を渡ろうとしている私の方にクルマがつっこんできたときは、
普段見せない剣幕で運転席の人を怒鳴りつけたり。
守られている、という実感が常にあった。
でも両親が不仲で、父がいない昼間、母は父の悪口ばかりを言った。
母も辛かったんだろうけれど、子供の頃のまっさらな心にそれは積み重なって、
私も妹も、いつしか父を嫌うようになっていった。
十年近く口をきかなかったし、目も合わせなかった。
でも、私が母にしかられたりすると、いつも父は私を庇ってくれた。
で、父の稼ぎで学校に行き、就職もした。
働いてみて「家族のため」働くということのしんどさを想像して、
私の今までの態度を心から悔いた。
電話でだったけど「今までごめんなさい」を言ったら、
父も「仕方のないことだった、自分にも非はあった」と言ってくれた。
久しぶりに帰省したとき見た父の後ろ姿は白髪だらけで、
涙が出てとまりませんでした。
でもやっぱり小さいときのようにはいかなくて。
時間を戻して、もう一度父に甘えてみたいが本音。
今からできる親孝行をと、両親に旅行をプレゼントしたりとか
なんやかやと考えて実行してみたけれど、なんか違う。
一緒にいるはずだったのに叶わなかった時間を埋めるほどの
親孝行ってなんだろうといつも考えて、
ずっと父が欲しがっていた男の子を、私が産むことができたらなぁと思っている。
ちなみに私には娘がひとりいます。両親にとっては初孫です。
よく父親は背中で語るというけれど正にそうで、
物言わぬ父の生き様から学んだこといっぱいあります。
そう言えば小2のころ、父の誕生日に安くて沢山はいっているから、
という理由で仏花(白い包装のヤツ)を購入し、プレゼントしたとき、
父は嬉しそうにありがとうって言ってもらってくれたことを思い出しました。
私も父のように、子供の心によい思い出を残す親でありたいです。
じーんと来る話というよりは単に私の思い出話のようなものになってしまいました、
失礼致しました。
252 :素敵な旦那様:2005/12/17(土) 20:32:56
小学校時代
髪をストレートにする秘訣は熱いお湯に付けた後乾かさずに寝ることだ
と友人に教えた。
次の日獅子舞みたいな髪形の友人が登校して来た。
彼女は些細な嘘にもよくだまされてくれた。
中学時代
弁当のメニューではゆで卵が好きだという友人に
手軽にゆで卵を作る方法としてレンジでチンをすすめた。
次の日に鬼のような顔で叱られた。
実にイジり甲斐のある性格だった。
高校時代
何度も古文の活用変化の同じ場所でつまづく俺をみかねた彼女は
急に耳が悪くなった俺のために教室内で何度も大声で「あなる」を連呼した。
テストは俺のほうが点数がよかった。
自分のことのように喜ぶ彼女に今度は俺がアナルについて口頭で詳しく教授した。
しばらく口を利いてくれなくなったが。
今日
俺と住居、苗字を同じくすればいかに幸福になれるかについて彼女に熱弁を振るった。
彼女は今回も俺の口車に乗ってくれた。今、笑顔が直らない。
254 :素敵な旦那様:2005/12/17(土) 21:36:37
大学時代の同級生仲間で、1年の時から付き合ってるカップルがいました。
仲良しで、でも二人だけの世界を作ってるわけじゃなく、みんなと仲良くしてました。
私は女の方の一番の友達だったんだけど、彼氏とも仲良くしてたわけです。
大学を卒業しても交流があったし、何度か会った時も二人は一緒で、
本当に仲良しだなァって思ってたわけです。最後に3人で会った時、
「結婚しないの?」って聞いたら、「うん、まあね…。」とお茶を濁す様な返事。
その後、彼女が病気だった事がわかって入院して、
彼は仕事の行きと帰りに欠かさず彼女のお見舞いしてました。私も何度も行きました。
病名は水頭症(脳腫瘍の一種?)でした。
結局、治療も空しく、彼女はこの世の人ではなくなってしまったんです…。
私たちが25歳の夏でした。
お通夜と告別式の手伝いに行った時、喪服を着てチョコンと座ってタバコを吸っている
彼に、 「…、なんて言って良いか、わかんないよ…。」と泣きながら私は言いました。
すると彼は、
「そうだね。でも、これでアイツが他の誰の物にもなら無い事が決まったしね。」
と、ニッコリと笑顔で言いました。私は耐えられなくて号泣。
それでも彼は殆ど無表情で、まあまあと私の肩を抱いてくれました。
出棺の時、「これが最後のお別れです。」って式場の人が言った途端、
彼は耐え切れなくなって、崩れるようにボロボロと涙を流し始めました。
子どもの様に、大きな声をあげて。
その姿を見て、またしても私は号泣でした。
数日後、少し落ち着いてから、彼と会いました。見て欲しい物があるって。
それは彼女が昏睡して意識を失う前に書いた、最後の手紙だったんです。彼が、
「俺はね、アイツを励まそうと思って、『結婚しようよ。』って言ったんだ。
そうしたら、アイツは『病気が治ったら結婚届けを出そうね。』って言ってた。
俺は『間違いなく治るからさ』って励まして、役所に行って結婚届け貰ってきた。
でも俺は本当はもう無理だって知ってたんだ。でも励ましたかったんだ。
アイツが死んだ日に、アイツのお父さんが黙ってこれを渡してくれた。」
と言って、私に手紙を渡してくれました。中には見慣れた彼女の筆跡でこう書いてあり ました。
「うそつき。でも凄く嬉しかった。本当にそうなったらなって何度も思いました。
私にはあなたの代わりはもう見つからない。だから私はずっとあなたの物。
だけどあなたの代わりはいるんだよ。気にしないで良いからね。落ち込んだあなたを、
きっと一番励ましてくれるだろう人が誰なのかは、わかってるから。
その人にこの手紙を見せてあげて下さい。本当にありがとうございました。じゃあね!」 って。
私はその手紙を見て、人前なのにまたしてもボロボロに号泣してしまって。
彼が、「それは多分、君の事なんじゃないか?」って。
うん。私は前から彼が好きだった。
あれからずーっと引きずってる彼と仲良くして4年。
今度結婚します。
272 :素敵な旦那様:2005/12/20(火) 16:30:00
うちの嫁が最近小デブ化してきた。
俺が「お前、頑張って痩せろよな!」と嫁に毎日口うるさく言う。
嫁は「頑張ってる人に頑張れって言わないで!」と何もしてないくせに逆ギレ。
俺がうるさく言い過ぎるせいもあるけど、
女って生き物は、体重の事になると変なプライドがあるから困る・・・。
そこで、おれは考えた。
〜約2ヶ月後〜
体重を5`増量させて、少し丸くなった俺。
今は嫁と一緒に毎晩ジョギングをしています。当面の目標は俺も嫁も5`の減量で。
ある日「俺も最近太ってきちゃったよ。一緒にダイエットしない?」って嫁に聞いたら、
「う〜ん、しょうがないなぁ一緒にやりますか〜」だって(笑
計画通りダイエット仲間になる事で、嫁も素直に応じてくれるようになった。
それと、嫁を痩せさせるためだけに仕組んだ計画だったのだが、
夫婦で一緒にジョギングするのって意外にも楽しい。
ジョギング中は色んな話も出来て、夫婦仲も前より良くなったかも。
294 :素敵な旦那様:2005/12/23(金) 02:14:32
遊びに行くといつも必ずお気に入りの物をひとつ俺にくれた舅。
男の子が欲しかったと言ってすごく可愛がってもらった。
痴呆がひどくなって介護施設に入居して会いに行った帰りに震える手で
枕元にあったメガネを俺の手に握らせてくれて・・・
わからないなりに何かをあげなければと思ったのかも知れない。泣いたよ。
322 :素敵な旦那様:2005/12/26(月) 22:31:57
おれ、マリオが流行ってたころ、
俺んち母子家庭で貧乏だったからファミコン買えなかったよ。。。
すっげーうらやましかったな、持ってる奴が。
俺が小6のときにクラスの給食費が無くなった時なんて、
「ファミコン持ってない奴が怪しい」
なんて、真っ先に疑われたっけ。
貧乏の家になんか生まれてこなきゃよかった!
って悪態ついたときの母の悲しそうな目、今でも忘れないなぁ、、。
どーしても欲しくって、中学の時に新聞配達して金貯めた。
これでようやく遊べると思ったんだけど、
ニチイのゲーム売り場の前まで来て買うのやめた。
そのかわりに小3の妹にアシックスのジャージを買ってやった。
いままで俺のお下がりを折って着ていたから。
母にはハンドクリーム買ってやった。いっつも手が荒れてたから。
去年俺は結婚したんだけど、
結婚式前日に母に大事そうに錆びたハンドクリームの缶を見せられた。
泣いたね、、。
初めて言ったよ「生んでくれてありがとう」って。
328 :45歳のおやじ :2005/12/27(火) 14:39:40
12月24日は私たち夫婦の20回目の結婚記念日で
愛妻、高三の息子と三人で行きつけのフレンチレストランに行った。
その席で息子が言ってくれた言葉が私たち夫婦にとっては最高のプレゼントだった。
「俺、十年後は父さん達みたいな笑いが絶えないあったかい家庭を作って
30年目の父さん達の結婚祝いは俺の奥さんと孫で祝ってやるよ。」と息子が言ってくれた。
やさしくて素直ないい奴に育ってくれてありがとう。
331 :素敵な旦那様:2005/12/28(水) 05:11:39
中学の時、英語の辞書忘れたから隣の女子のを共同で使わせてもらった。
家も近所だし気さくで話しやすいやつだったもんで、
彼女が見てない隙に、ふざけてその辞書の「vagina」の項を○で囲んでやった。
…あれから10年以上が経ち、そんな事ずっと忘れてた。
盆休みで実家に帰省して仕事の整理をしてた時の事。
英語の辞書が必要になって、中学時代のを探し出して使った。
そしたら憶えの無い落書きをみつけた。
「penis」が○で囲んであって余白に「お返しだバーカ昼休みに図書室で待つ」と書いてある。
それで思い出した。
あの時あたりからだったか、彼女は昼休みになると真っ先に教室から出て行くようになった。
俺は「何委員だか知らないけど忙しいんだなぁ」なんて思ってた。
中学最後の昼休みも、彼女は教室にいなかったっけ…。
で、嫁にそれ見せたら顔真っ赤にして「今頃みつけるな!」だって。
418 :素敵な旦那様:2006/01/08(日) 02:04:24
今年「昨年出来た6歳の娘」に晴れ着を着せて、一家3人揃って初詣に行きました。
10年前、俺の大親友だった女性が結婚しました。俺と彼女は学生時代からの友人で
一時は付き合う寸前までいった関係です(男女の関係にはなりませんでした)。
彼女の夫はそれを知っていたはずですが、
新婦側友人で唯一男だった俺をなぜか気に入ったらしく、
その後親しい付き合いがはじまりました。
その後、俺も結婚し、夫婦同士でいい付き合いをしてきました。
友人夫婦に娘が生まれた年、俺は妻を亡くしました。
彼らは自分のことで一杯だったはずですが、
ずいぶんと俺を励ますために骨を折ってくれました。
まさか、その4年後に彼女の夫が逝ってしまうなどとは思いもしませんでした。
強い義務感にとらわれて彼女を何とか元気づけようと努力はしました。
世間体や近所の目もあるので、
まるで間男のように目立たないように彼女の家を訪ねて
様子を見、彼女を笑わせるよう努め、娘と遊びました。
何度か母娘を日帰りのドライブに連れて行ったりもしました。
娘も俺になつき、彼女もそれなりに落ち着いてきた頃、
20年前の恋愛感情が甦って来ました。
そもそも無計画に「彼女と娘を何とかしてやりたい」という衝動で動いていて、
先のことなど考えておらず
「これでは最初から下心があったようなものだ」と自己嫌悪に陥りました。
彼女は彼女で私に他人の娘(しかも6歳)の面倒を一生みろとは言えず、
しかし俺にすっかりなついてくれた娘を見て、
この先どうしていけばいいものか、途方にくれていました。
俺にも恐怖感がありました。彼女と付き合うということは、
友人が残した娘の将来に責任を持つということですから。
子供の世話など経験もなく、育児・教育など違う世界の話でしたので。
この2年間で娘が愛しくてたまらなくなっていましたが
「あくまで他人の娘だから」と自答して制御していました。
膠着状態を打開したのは、
娘の「おじさんがママと結婚してわたしのお父さんになって」という一言でした。
(パパ=実の父親、お父さん=俺という区別らしいです)。
まあそういう事情で今年の正月は、親子3人で過ごしています。
まだぎくしゃくした親子ですが、悪くないです。
ちょっと誰かに聞いてもらいたくて書いてみました。すいません。
435 :素敵な旦那様:2006/01/09(月) 19:05:24
幼稚園の時弁当の時間に仲良かったTちゃんがとなりに座ってて、
「おかずとっかえっこしよ」といってきた。 「うん、いいよ」と私。
そしたらTちゃんの反対側に座ってたAってコが聞こえよがしに耳打ちしたんだわ。
「Nちゃんのお弁当、ごはんばっかだから損だよ。 やめなよ」
たしかに私の弁当箱はご飯を入れるスペースが広かったんだけどね。
母の実家は米どころ宮城でさ。 いつもササニシキのとれたてを送ってもらってて。
しかも釜炊きだったから、私にとってはうちの白飯はご馳走だったわけ。
おむすび弁当だって大好きだった。
別にTちゃんには普通にその日のおかずのコロッケとかそういうのあげるつもり
だったんだけど、Aのこの一言でカーっと頭に血が上ってね。
次の瞬間号泣しながらAに掴みかかってった。 楽しいはずの弁当タイムに
突然女の子同士のつかみ合い勃発に大慌てで引き剥がす担任。
押さえつけられながら
「おかあちゃんのおべんとう美味しいもん!Aちゃんなんか大嫌いだ!」
とか延々さけんでた。 …弁当ひっくりかえしちゃったんだけどさ…
その後私とAは別々に呼ばれて事の発端を説明させられた。
その日のお迎えのときに担任が母と少しの間話してた。
(Aの親も同様になんかいわれてた)
帰り道、いつ怒られるのかとびくびくしてる私に母はなにも言わなかったよ。
いつもと全く変わらんの。 ただ、その日の晩御飯はいつもより時間が早く、
メニューは私の大好きなハンバーグだった。もちろん炊きたてご飯たっぷり。
で、次の日持たされた弁当がいつもと様子が違うわけ。
なんか包みがごつい。
「お弁当の時間まであけちゃだめだからね」と念を押された。
午前のお時間がすぎて弁当タイム。
中から子供の自分の顔なんぞすっぽり隠すくらいでっかいおむすびが1個出てきた。
おかずは卵焼き、唐揚げ、いぶりがっこ…だったかな。
もう周り中から羨ましがられたよ。
「いいなあー!さるかに合戦みたい!」
「僕もママに同じのつくってもらう!!」
照れ笑いしながら一生懸命食った。 たらこだの梅だのねりおかかだの
色々入っててさながらビックリ箱おむすび。
途中で腹くちくなったけど最後まで休み休み平らげた。
帰宅してからっぽになった包み手渡したら、顔中くしゃくしゃにして喜んでくれましたね。
おかあさん有難う。改めてうちのご飯は世界一だと思ったよ。
ガキのクセに生意気な感想だけど。
家を出た今も、米は釜で炊いてるよ。
でーっかい具たくさんおむすびは私が落ち込んだときに作る
必殺入魂メニューです。
=長文にお付き合い頂いて有難うです=
439 :素敵な旦那様:2006/01/13(金) 02:26:35
俺の知り合いの老夫婦の話。
40近い息子(バツ一)から、再婚したいと連絡がきたらしい。
相手はなんと20代前半で未婚のシングルマザー。
怒ったのは親父のほう。
「そんな娘を嫁とは認められん」「さっさと別れろ」と大憤慨。
逆に奥さんのほうは
「とりあえずどういう方かお会いしてみましょうよ」と提案。
すると旦那はブチ切れて奥さんに暴言を吐きまくり。
奥さんは必死でなだめようとするが、効果なし。
やがて旦那は「お前なんかさっさと出ていけ!」と言い出した。
奥さんは慌てずに「なら、私の一番大切なものだけもっていってもいいですか?」
「勝手にしろ!!」と旦那は見向きもせずに怒鳴った。
奥さんは箪笥から風呂敷を出し、それを旦那の前に広げてこういった
「さぁ、貴方、ここに座ってください」
「お前、何言っとるんだ!?」驚く旦那に奥さんはさらにこういった
「60年近く連れ添った貴方以上に大切なものなんて、私にはありませんよ。」
奥さんは笑顔でそういった。
まぁ、その後、奥さんの計らいでなんとか息子と息子の彼女と会う日が設定され、
実際にあってみると意外に(失礼)ちゃんとした女性で、結婚を許されたって話。
こういう夫婦になりたいもんだね。
510 :素敵な旦那様:2006/01/18(水) 00:37:40
ジーンとする話ではないが、笑い話と言うことで、、、。
ソースは、厨房の頃読んだ、ある雑誌の読者投稿への主婦の投稿な。
娘たちがまだ幼稚園に上がる前、ほんのイタズラのつもりで娘たちに、
“実はお母さんは、昔お父さんに助けてもらったタヌキで、
恩返しをする為にこうして人間に化けて、お父さんと結婚したのよ。”と、言ったことがあります。
その後そんなことを言ったことも忘れていたのですが、
先日中学生になって反抗期真っ盛りの長女と喧嘩をした時、
娘から言われた捨てゼリフ。
“お母さん、、、そろそろ山に帰ったら?”
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皮肉なのか、はたまた・・、まだ信じてるのか。
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518 :素敵な旦那様:2006/01/18(水) 12:17:18
4歳になる娘が、字を教えてほしいといってきたので、
どうせすぐ飽きるだろうと思いつつも、毎晩教えていた。
ある日、娘の通っている保育園の先生から電話があった。
「○○ちゃんから、神様に手紙を届けてほしいって言われたんです」
こっそりと中を読んでみたら、
「いいこにするので、ぱぱをかえしてください。おねがいします」
と書いてあったそうだ。
旦那は去年、交通事故で他界した。
字を覚えたかったのは、神様に手紙を書くためだったんだ・・・
受話器を持ったまま、私も先生も泣いてしまった。
「もう少ししたら、パパ戻って来るんだよ〜」
最近、娘が明るい声を出す意味がこれでやっとつながった。
娘の心と、写真にしか残っていない旦那を思って涙が止まらない。
559 :素敵な旦那様:2006/01/20(金) 18:02:38
442 :おさかなくわえた名無しさん :2006/01/11(水) 23:11:28 ID:50CcU6/F
去年の12月ごろ、アンビリバボーで、心臓病の女の子の話が放送された。
私はバイトに行っていて見ていなかったんだけど、母が言うには父がそれを見て
ぼろぼろと泣いたらしい。理由は私がその人と同じ心臓病だから、
私が小さい頃を思い出して涙が出たとのこと。
とはいえ私は手術が必要ないほど軽いものだったし、高校入って医者から
病気であることを学校などに報告する必要もないぐらい治ってるといわれていたので、
自分自身心臓病のことも普段忘れてるぐらいだった。
だからそのときはふーんって感じだったんだけど、その夜布団に入りながら
ものすごく泣いた。
小さい頃は検診のために毎年大きな病院に行ってたんだけど、
それは母がつれて行ってくれていたし、心配してくれた思い出が多いのは母のほうだった。
だから、どんな感動する映画とかでも泣かない父が、泣いて、そんなに私のことを
心配してくれていたんだ、もともと不安とかを口に出さない人だからずっと我慢してたのかな
と考えたらすごく泣けてきた。
本当に、この両親の間に生まれてきて良かったな、と思った。
560 :素敵な旦那様:2006/01/21(土) 00:09:01
うちは結婚して20年、長男は高3になる。
その長男、小学校2年生の時から野球を始め
3度の飯より野球が好きと言った風だった。
高校の進学先を決める段になった頃、
息子が希望したのは、甲子園の常連校、名門中の名門。
その上、県外ときている。
周囲の反対も聞かず、結局一般入試で彼はその高校に進学し、
同時に野球部寮に入った。
名門ではあるが、一般生の入部も受け付けているその高校。
念願の野球部には入れたものの、同学年だけで4チームも5チームも
出来るほどの人数の上に、監督さん自らが引き抜いてきた選手もゴロゴロ。
中学校では多少腕に覚えのあった息子だが、
たちまち現実の厳しさに直面したと思う。
いつ練習を見に行っても、息子は真っ黒になってボールを追いかけていた。
いつ試合を見に行っても、息子はスタンドから仲間を大声で応援していた。
それでも、そんな息子の姿を見たくて、妻と一緒に片道4時間の道を
車を走らせた2年半だった。
昨年8月。
息子に引退の時がきた。
自宅に戻って来た息子が玄関先で出迎えた私と妻に向かって
小さな小瓶を差し出した。
瓶の中には、チームメイトがスタンドの息子のために持ち帰ってくれた
土が入っていた。
それを差し出しながら、照れくさそうな顔で息子が言った。
「お父さん、お母さん、今日まで何不自由なく野球をさせてくれてありがとうございました」
妻が泣いている。
私も溢れる涙を止めることが出来なかった。
「お疲れさんだったな」
そう言って息子の坊主頭をブンブン振り回すしか出来なかった。
あの日から、私は少しだけ自分が変わったような気がする。
大学に進学する息子に、4年後また嬉し泣きをさせてもらえるように
まだまだ頑張ろうと思う。
608 :素敵な旦那様:2006/01/27(金) 22:22:45
「うっザいなァもークチ開けば“オカンのハンバーグ”
“オカンのハンバーグ”て、アンタいい加減乳離れしなよ!」
「してるよ。それにオカンもう死……」
「肉はよく練る、手ェ止めんな!」
「……だから、俺は作りたいじゃなくて、食べ」
「自分で作らんでモノが喰えると思うほうがおかしい! ほらパン粉!」
「オカンはつなぎ入れんかった」
「だからどうしたの」
「卵なんか入れんかったし、生のタマネギも入れんかった」
「で、豚肉100(%)で醤油味ね……ソレ肉団子じゃないの?」
「アレが俺のハンバーグなんだよ」
「いつかアンタがね、自分でソレを作りなさいよ」
「……作れないから言ってるのに」
「だからいつまでも思い出すんでしょ。ホラそこで微塵切りタマネギ」
「こんなの入れたら、辛いし」
「コレが私のハンバーグなの。文句があるなら自分で作りなさい」
新婚二年目の食卓。初めての夫婦喧嘩。
十七の時に死んだ母親をようやく埋葬しているような気分になった。
あのとき日の当たるキッチンで、僕らは本当に、夫婦になったんだと思う。
624 :素敵な旦那様:2006/01/28(土) 22:09:33
何年か前、スタンフォード病院でボランティアとして勤務していた医者の体験したことです。
彼はエリザベトという難病の女の子を診ていました。
この女の子の病気を治す唯一の方法は、5歳の兄からの輸血しかありませんでした。
兄は同じ病気を奇跡的にも乗り越えて、免疫体を持っていたからです。
医者は、5歳の兄にわけを説明してから、妹に輸血してもよいかどうか尋ねました。
男の子はちょっとためらってから、苦しそうに大きなため息をついて、
「血をあげるよ。エリザベトが助かるのなら!」
と答えました。
その子は妹のベッドのそばに横たわって輸血をしながら、妹の顔色をみて満足そうに
微笑んでいましたが、しばらくすると、だんだんその微笑みが消えて、顔をこわばらせ、
青ざめてきました。そして、震える声で医者に尋ねました。
「……いつ、ぼくは死ぬの?」
男の子は、医者の説明をよく理解していなかったのです。
輸血とは自分の血を全部あげることだと思って、「いいよ」と答えたのでした。
男の子の決死の覚悟が祈りとなって天に通じたのか、手術は成功に終ったそうです。
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あー、これはツボにきました。
普通に泣きました。
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666 :素敵な旦那様:2006/02/03(金) 18:35:15
去年のはじめ主人が死んだ。大腸がんだった。
2人の娘を残して逝ってしまった。
腫瘍が見つかってからたったの半年しか生きられなかった。
まだ36歳。これからだって言うのに。
余命を告げられてからも元気な日は子供たちとたくさん外に出た。
働き虫で子供と接するのが苦手だった彼だが、
会社をやめてからはずっと子供と過ごしてくれた。
秋に北海道旅行もした。写真やビデオもたくさんとった。
しかし冬になって見る見る弱っていった。
入院を余儀なくされたが、病室のベッドで子供たちと絵を描いたり、
絵本を読んでやったり、プリキュアごっこをしてくれた。
子供たちはまだ幼稚園児だったが、
父親が死んでいくということに気づいていたようだ。
その証拠に「パパはもうすぐ天国に行くんでしょ?」
ってあどけなく言っていた。
「パパ痛い痛いの?○○がさすってあげる」
「パパの痛いのどうやったら飛んでいくのかなあ」
幼い手で父親のお腹なでながら困った顔をしている娘たちをみて苦笑いしていた。
「パパ大好き。ずーっと大好き。天国に行ってもずーーっと大好きなんだから」
と突然子供たちに抱きつかれ、へらへら笑いながら泣いていた。
子供たちは幼稚園が終わるとすぐに病院に行って夜まですごした。
毎日毎日話をして楽しく過ごした。
意識が無くなる前彼は言った。
「ゴメンな。でも、子供がこんなに愛しいってこと気づけてうれしいんだ」
そう。彼は幸せに死んでいった。
彼が幸せなら、遺された者も幸せ。
1年たってやっとなんとなくそんな風に思えるようになった。
692 :素敵な旦那様:2006/02/04(土) 22:56:01
遠くに住むひとり暮らしの祖母と毎日携帯メール交換している。
交換といっても、「会社でこんなことあったよ。こんなもん食べた」
みたいなささいなことを自分が4、5行メール。
それを祖母が読んだら全文引用でそのまま返信、というもの。
ある日祖母からの返信が来た。ふと見るとタイトルがついている。
あわてて本文を見ると目にも鮮やかな絵文字を駆使した流麗文章。
どうやら近所の高校生の訪問ボランティアさんが打ってくれたようだ。
毎日お仕事お疲れさま
あなたはそんなたいした仕事ではないと言うけれど
毎日働いているということが本当に本当に尊いのです
おばあちゃんはココアを飲んだことがないけど
とっても美味しそうですね 今度チャレンジしてみようかな
庭の冬青が赤い実をつけています メールに写真をつけてみます
毎日メールありがとうありがとうありがとう
自分のなんてことないメールに、こんなに色々考えてくれていた。
今度の休みに会いに行くよ。ココアを作ってあげたい。
(絵文字は祖母の希望で高校生がつけてくれた模様です)
776 :素敵な旦那様:2006/02/14(火) 21:12:09
姉の結婚式のとき。
姉と一緒に写真を撮っていたら、不意に、メールが届いた。
件名
「ほしい」
内容
「ちちも しやしん」
親族控え室を見回すと、何事もないかのように祖父らと談笑する父の姿が。
でも、時折チラチラとこちらを見る父。
「お父さんも一緒に撮ろうよ!」と声をかけたら、
「写真は苦手なんだけどなー・・・お前たちがそう言うなら仕方ないなー・・・」
と言いながら寄ってきた。
そのときの写真を、携帯の待ちうけサイズにしてあげたら
「俺は親ばかじゃないから、こんなのいらん」
と言ってたくせに、後日
「しやしん まちうけ ほうほう おしえて」
と、メールが来た。
836 :素敵な旦那様:2006/02/18(土) 20:54:16
どうして私がいつもダイエットしてる時に(・∀・)ニヤニヤと見つめやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして私が悪いのにケンカになると先に謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしてお小遣減らしたのに文句一つ言いませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして交代でやる約束した洗濯をし忘れたのに怒りませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして子供が出来ないのは私のせいなのに謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして自分が体調悪い時は大丈夫だと私を突き放して私が倒れると会社休んでまで看病しますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして妻の私に心配掛けたくなかったからと病気の事を隠しますか(゚Д゚)ゴルァ!
おまけにもって半年とはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
長期出張だと嘘言って知らない間に手術受けて助からないとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
病院で俺の事は忘れていい男見つけろとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちの気持ちは無視ですか(゚Д゚)ゴルァ!
正直、あんた以上のお人よしで優しい男なんか居ませんよ(゚Д゚)ゴルァ!
それと私みたいな女嫁にすんのはあんた位ですよ(゚Д゚)ゴルァ!
もう一つ言い忘れてましたが私、お腹に赤ちゃん出来たんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
あんたの子供なのに何で生きられないのですか(゚Д゚)ゴルァ!
そんな状態じゃ言い出せ無いじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
それでも言わない訳にはいかないから思い切って言ったら大喜びで私を抱きしめますか(゚Д゚)ゴルァ!
生まれる頃にはあんたはこの世にいないんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な子だといいなぁってあんた自分の事は蔑ろですか(゚Д゚)ゴルァ!
病院で周りの患者さんや看護婦さんに何自慢してやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
病気で苦しいはずなのに何で姓名判断の本で名前を考えてやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして側に居てあげたいのに一人の身体じゃ無いんだからと家に帰そうとしますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしていつも自分の事は二の次何ですか(゚Д゚)ゴルァ!
医者からいよいよダメだと言われ泣いてる私に大丈夫だよとバレバレの慰めを言いますか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちはあんたとこれからも生きて行きたいんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
それがもうすぐ終わってしまうんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
バカやって泣きそうな私を包んでくれるあんたが居なくなるんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
忘れろと言われても忘れられる訳ないでしょ(゚Д゚)ゴルァ!
死ぬ一週間前に俺みたいな奴と一緒になってくれてありがとなですか、そうですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちがお礼を言わないといけないのに何も言えず泣いちまったじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
あんなに苦しそうだったのに最後は私の手を握りしめて逝きやがりましたね(゚Д゚)ゴルァ!
何で死に顔まで微笑みやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!
そんなのは良いから起きて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
生まれてくる子供を抱いて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
子供に微笑みかけて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
たのむから神様何とかして下さい(゚Д゚)ゴルァ!
ダメ女な私にこの先一人で子供を育てろと言いやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
そんなあんたが死んで5ヶ月...
子供が生まれましたよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な女の子ですよ(゚Д゚)ゴルァ!
目元はあんたにそっくりですよ(゚Д゚)ゴルァ!
どこかで見てますか(゚Д゚)ゴルァ!
私はこの子と何とか生きてますよ(゚Д゚)ゴルァ!
あんたも遠くから見守って居てください。
862 :素敵な旦那様:2006/02/20(月) 01:53:29
子供だった頃俺はピーマンが嫌いで仕方なかった、
ある日父親に「好き嫌いは駄目だぞ」と言われ、
その時「お父さんだってタマゴ食べないじゃん」って言い返した。
そしたら父親が「じゃお父さんもタマゴを食べるからお前もピーマンを食べてみようか」って事になった、
でもなぜか母親は少し止めようとしてたけど父親が「まぁいいから」と、
そして俺の前にはピーマンが父親の前には目玉焼きが置かれた
「じゃお父さんから食べるからな」と言ってペロッと食べてしまった、
俺も子供ながらに約束した以上は食べよう思い、
頑張ってピーマンを食べてみた、そしたら意外と不味くなく食べれた。
それからはピーマンを普通に食べれるようになった。
でも後から知ったんだけど実は父親はタマゴが嫌いなのではなく
アレルギーだったみたいだ、母親が後で父親に「どうしてそんな無茶な事をしたの?」と聞くと、
「食べれるのに食べないのは勿体無いだろ?お母さんのピーマン炒め美味しいのに」だってさ
そんな父と母は今も元気で仲が良い、秘訣は好き嫌いしない事かな(笑)
人が亡くなる話は反則だよなぁって思います。
反則技に散々に打ちのめされてしまいました。
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