人間がまだネギをたべなかった頃のお話です。
その頃はよく人間が人間をたべました。
それは、おたがいが牛に見えるからでした。
うっかりすると、じぶんの親や兄弟を牛とまちがえてたべてしまうことがありました。
ほんとうの牛と人間の見さかいがないのですからこんなぶっそうな話はありません。
ある人が、やっぱりまちがえてじぶんの兄弟をたべてしまいました。
あでそれと気がついた時は、もう取りかえしがつきません。
「ああ、いやだいやだ。なんてあさましいことだろう。
こんなところにくらすのはつくづくいやだ。」
その人は家をあとにして、あてのない旅に出ました。
広い世間には、きっとどこか、人間が人間に見えるまともな国があるにちがいない。
何年かかってもよい。
その国をさがしだそうと心にきめました。
長い間、あてのない旅がつづきました。
山の奥にも海べにも行きました。
どこへ行ってみても、やっぱり人間どうしたべあいをしていました。
それでもあきらめずに旅をつづけました。
秋や冬をなんどもおくりむかえしました。
若かったその人もいつのまにか、 だいぶおじいさんになってしまいました。
旅の空で年をとっているうちに、とうとうその人はある見知らぬ国へたどりつきました。
それが、ながいあいだ、その人がさがしていた国でした。
そこではだれもが仲むつまじく暮していました。
牛は牛、人間は人間と、ちゃんと見さかいがついていました。
「もしもし、あなたは、どこからきなすったかね。そして、どこへ行きなさるんだね」
そこの国の年よりが、旅の人にききました。
「どこといって、あてがあるわけではありません」
そう言って、旅の人は、人間をたべない国はないかと長い間、探し歩いた話をしました。
「まあまあ、それはえらい苦労をなすった。
なにね。もとは、こちらでも、やっぱり人間が牛に見えたもんです。
それで、しじゅうまちがいがおこったが、ネギをたべるようになってから、
もう、そのまちがいも、なくなりましたよ」
「ネギですってー。」
その人はびっくりしてききかえしました。
「そのネギというのは、いったいどんなものです?」
「こっちへきてみなされ。これがネギというものです。」
年寄りはしんせつにネギ畠へあんないしてネギを見せてくれました。
そのうえ作りかたやたべかたまで、くわしく教えてくれました。
その人は大よろこびで、ネギのたねをわけてもらいじぶんの国へ帰っていきました。
これをたべただけで、人間が人間に見えるようになるー。
そう思うと、一時も早くみんなに教えたくなりました。
なにはさておきまっさきにやわらかい土の上にネギの種をまきました。
ネギの種をまきおわると、安心して、その人は久しぶりになつかしい知りあいや友だちをたずねました。
だれの目にも、その人が牛に見えました。
みんなは、よってたかってその人をつかまえようとしました。
「ちがいます、ちがいます、よく見てください。わたくしは、あんたたちの知りあいです。」
そう言って、いくら大きな声でいいわけをしてもみんなの耳にははいりません。
「おやおや、なんてまあ、よく鳴く牛だろう。」
「ほんとうだ。なんでもいいから、早くつかまえてしまえ。」
とうとうその人はみんなにつかまえられて、その日のうちにたべられてしまいました。
それから、しばらくたってからのことです。
畠の隅に、いままで見たことのない、青い草が生えました。
ためしにちょっとばかりたべてみたら、よいにおいがしました。
それがネギだということは、だれも知りません。
知らないながらも、みんなはその青い草をたべました。
すると、たべた人だけは、人間がちゃんと人間に見えました。
それからは、みんながネギをたべるようになりました。
もう、昔のように牛と人間をまちがえるようなこともなくなりました。
ネギをうえた人は、だれからも礼をいわれません。
そのうえみんなにたべられてしまいました。
けれども、その人のま心はいつまでも生きていて大ぜいの人をしあわせにしました。
おしまい。