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1 [オカルト] 死んでしまった人との最後の何気ないコミュニケーション 04/12/07 00:11
04/12/07 (神谷) Comment
オカルト板より「死んでしまった人との最後の何気ないコミュニケーション」

人間というものはコミュニケーションをしなくては
日常生活をすごす事は出来ない生物です。
昨日までは普通にコミュニケーションが出来たのに、
次の日には突然…ということがあった場合、
最後のコミュニケーションは非常にも何気ないものになってしまいます。
このスレは、死んでしまった人との最後の何気ないコミュニケーションを語るスレです。

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1 名前: 死を紡ぐ人 02/12/17 22:12

この世界には、今も多くの人が生まれ、そして、死んでいく…。
しかし、一部の者を除き、多くの者は自分が死ぬ時を
その瞬間まで知ることは無い。
自身が死ぬ時を知りえない者は、きちんとした遺言等を残せるはずも無く、
死の瞬間まで無意識に生きた証を残し続ける…。
例えば、恋人・家族・友人にいつもと変わらないメールを
送信する…何気ない一言を残し、別れる。

詩的な文章が続いてしまいましたが、
このスレは既に死んでしまった人たちと何気なく交わした
最後の会話、最後のメールなどを皆さんに投稿してもらい、
死者を偲ぶスレです。それでは、オカ板の皆さん、
よろしくお願いします。


9 名前: 死蝋 ◆WhpEztJj9g 02/12/17 22:39

10年の間寝たきりになり、呆けてしまった曾祖母に婚約者を見せた。
わかるとは思っていなかったが、自己満足にせよ知らせておきたかったのだ。
「ひいばあちゃん、これが今度俺が結婚する○○だよ。」
「ああ、○○さん、どうか死蝋をよろしくお願いしますよ」

俺が誰だかわからなくなっていたのに、その時だけ意識がはっきりしたようだ。
次に曾祖母に会ったのは、通夜の前日。一月の気温のせいでもうすっかり冷え切った手だったよ。


10 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/17 22:59

その夜に電話していて始終寂しそうだった。
「次いつ会えるの?」と聞くと
何故かビールがあるなら明日行く言うので
かちんときてバイバイも言わず電話を切ってしまいました。
次の朝お金がなかったのでCDを売って
彼が大好きだったラガービールとペプシコーラを買って帰りました。
でもそれを飲んでくれることも、
用意して待っていたことも伝えることができないまま逝ってしまいました。

みなさん愛する人にはできるだけ素直になってください。おねがい。


15 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/17 23:39

入院していた祖母。
その日だけは様子が違った。
何を言ってもジーっと私の顔を眺めてる。
「何?」「ううん」と言う会話の繰り返し。
そして病室を出る時「また来るね」と言ったのに、いつもならば手を振り返すのに
その日に限ってバイバイとも手を振ってもくれなかった。
で、その夜危篤となり帰らぬ人となってしまった。
何か予感してたのかな。ばあちゃん…


16 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/17 23:43

ちょっと趣旨から外れるかも、ですが。おばばが危篤の報せを受けた。駆けつけて
見るとかなり危ない状態に。徹夜で付くつもりでとりあえず食事をし、急いで戻った
。ずっと同じ向きだったので皆の力を借り、自分のほうへ向けた瞬間「あっ」最後の
力を振り絞るように痰を吐いて事切れた。皆、私を待ってたんだよ。と。


17 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/17 23:43

 12年、病の母を看病してきた。22歳の俺、大学卒業後は東京での就職を
が決まっていた、そんな2月のこと。俺の気持は行き詰まっていた。

 母「お母さん頑張るからね、先生がまだまだ大丈夫っていってくれた」
 俺「・・俺にだって都合もあるんだよ・・」
 母「え?どういう意味」
 俺「(俺はもう今までみたいに看病できない)
   ・・俺にだって都合はある!(どうしたらいいかわかんないよ!)」

 どうしてそんな会話になってしまったのか、俺の看病の当番が開けて
それから2日後、母は急変し意識を戻すこともなく逝ってしまった。
母との最後の会話は最低なものだった。
 世間は俺を孝行息子だと思ってるらしいが、俺にとっては辛い。


18 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/17 23:49

父が事故で意識不明になった時、絶対に死なないと信じて家に帰ることにした。
帰り道眠くなりねてしまって、車の中で寝てしまったら、父の声で「起きろ・・・行くぞ・・・」
と聞こえ、ぼーっとした意識の中、目を覚ますと、父が目の前にいた。あたりを見渡すと、
そこは高速道路のパーキングエリアで、父は私を起こすと私を置いて、
どんどん人混みの中にいってしまった。追いかけていこうとしたら、
親戚のおじさんに「どこに行くんだ?」と呼び止められた。
「え???だってパパがあっちの方へ歩いていったから・・・」
「・・・何いってるんだ・・・お父さんは・・」「?!・・あ、そうだ・・・パパは病院だ・・・」
叔父の言葉でそこで我に返った。
不思議な体験だった。家に着くと妹と弟が泣いていた。
父が死んだと連絡が入ったとのことだった・・・。父は私に旅立つことを知らせにきてくれたのだろう・・・
もしかしたら、私も連れて行ってくれるつもりだったのか・・・
今思い返しても心が痛くなるくらい、悲しい思い出だ。


26 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/18 00:12

店長は?と聞くと「調子悪いから2階で休んでるよ」と・・・
終礼の時に真っ青な顔で降りてきて
「○○ちゃん、がんばってね、笑顔がいいね」と誉めてくれて
店長も身体大事にねって・・・・
「うん、死ぬまで生きるよ、まかせなさい!」
「まかせなさい」は、店長の口癖。
2時間もしないうちに同僚から電話で店長が・・・亡くなったと・・・。
最後に会話したのは、この私。

この私でよかったのだろうか・・・;;


33 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/18 03:00

中学時代に一番仲が良かった親友と最後に会ったのは2年前の晩秋。
中学の頃はあんなに仲が良かったのに、お互い高校生活が楽しくてめっきり遊ぶ機会も減っていった。
その日は俺から「久しぶりに遊びにいくべ」って誘ったんだ。
いつも通りの休日だった。そして俺の家の前で別れるときに
俺「んじゃな」
ソイツ「おお、じゃあな」
この会話も中学の時から何も変わらない別れの挨拶だった。
これが今生の別れってヤツか。それ以来、連絡は完全に途絶えた。
色々とソイツの噂話は聞いていたが、ソイツが何していようが正直、大して興味はなかった。
もうソイツのことを思い出すこともないくらい疎遠になっていた。
それでも「地元は一緒だし、いつか会ったときに飲みにでも誘おう」ぐらいには思ってた。
なんだかんだ言ってソイツとは一緒に飲んだことなかったからな。


先週の土曜日、中学時代の同級生から突然電話があった。
地元から遠く離れた新潟でソイツがトラックに轢かれて死んだということだった。
あまりに突然のことで、もちろん実感はなかった。

昨日月曜日が通夜で、今日火曜日が葬式だった。
俺は地元に帰るための新幹線代もなく、スケジュール的にも厳しかった。
結局俺はどっちにも出られなかった。

今頃ソイツは灰になっちまった頃かな。最後に一度会いたかった。

おい、帰れなくてわりぃな。
俺いつもは暇人なんだけどよ、今週に限って忙しかったんだ。
金ないのは昔っからだけどな。
年末には必ず帰るからよ、そん時は酒もってく。
サシ飲みでもしようぜ。


34 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/18 03:10

離れて住んでいる祖母とは、母も含めて
時々待ち合わせして食事などしていた。
ある年の正月会った時、指環を買ってくれるという。
私はおねだりした記憶もなく、そう無理にという
必要もなかったのだが、何故かその時に限って
普段は無理強いなど決してしない優しい祖母が
「間に合わないから」と言って買ってくれた。
祖母はその年の夏、急にガンでなくなってしまった。
指輪を買ってくれたのが、会った最後だった。
あれから10年。指環はいまでもお守りだ。


36 名前: 太陽クイズ 02/12/18 03:28

入院していた婆ちゃん様態が急変して亡くなった。実家を離れていた俺は死に目に会えなかった。
酒飲みで昔は毎晩のように俺と口喧嘩してた。母は「あんたと喧嘩するの楽しみだったのよ」と言ってくれたが、
そんなもんかと思った。
葬儀も済んで故郷から戻ると、婆ちゃんの手紙が届いてた。
「つらいことがあってもどうかがんばるように」
字なんか書けないはずなのに。
後から婆ちゃんの親友が話してくれた。悪い夢みて心配だからと一字一字教わりながら書いたという。
何回も何回も消しゴムで消してあって、汚い手紙だった。


43 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/18 03:57

私の家は母が父の愛人だったので籍が入ってませんでした。でも父は私たちと一緒に暮らしてくれてました。
小学校1年生の時、母は他に男を作って逃げてしまいました。私はそれからずっと父と二人暮しでした。
少し経ったある日、母が急に家にやってきました。出て行った当時、私は父とプールに行っていて、会話らしい会話もできませんでした。ただ、前にも何度か母と家出したので、きっとすぐ帰ってくるって思っていたんですが・・・。
母の友達の家に泊まりに行き、母に私は尋ねました。
「いつ帰ってくるの?」
母は泣きながら
「もう戻れないの」
としか言ってくれませんでした。どんなに私が帰ってきてほしいと言っても・・・。
それからしばらくして母から小包が来ました。夏だったので、浴衣と帯、そしてお金と手紙が入ってました。父はどこかへ電話します。それっきり母から何も来なくなりました。
ある日、学校帰りに校門の側に母にそっくりな人が車を止めてこっちを見ていました。けれど私はそれを気にも止めずに帰路につきました。
それっきり母は私の前に姿を現すことはなかたんです。


47 名前: 恩師も大切に 02/12/18 04:05

5年間、劣等生の俺を助けてくれた教授。
もう直接は関係なかったけど、週1、2回は研究室に顔を出してた。
10月の末、旅行のお土産を持って行ったとき、
普段はいろいろ会話をするのに、いつになく忙しそうで、
「ありがとう。そのへん置いといて」「じゃあ、ここ置いときますね」
それだけで、それが最後だった。
なぜかここひと月ぐらい研究室に顔を出さず、入院したことさえ知らなかった。
月曜日に突然の訃報。
ついこの間まで「ちゃんと講義出なさい。遅刻しちゃ駄目だよ」なんて言ってたのに。
今からでも間に合うなら、先生の講義聞きたいよ。今度は遅刻しないから。
先生の話すこと、端から端までノートに取るよ。
テストも100点取るよ。
お焼香の瞬間、かなりグっときてるのに、先生、白黒の写真になって笑ってんだもん。
「お通夜も遅刻だったね」って声が聞こえそうだった。
最後まで劣等生だった俺。先生ごめん。


48 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/18 04:05

私が16になったある日、父が血相を変えて職場に来ました。私はその日「母が死んだ」と言ってズル休みをしていたんです。
家に帰ると父は泣きながら私を殴りました。
「なんてウソついたんだ!」
と・・・。私は、どうせ母は私たちを捨てたんだ!どっかでのうのうと生きてる人間の名前を使って何が悪い!と反論しました。父は泣きながら言いました。
「お母さんが死んだんだ!」
目の前が真っ暗になりました。実感なんてあるわけもなく、ボーっとした感じ。母は自殺でした。2日間発見されなかったようです。
母の家に着いてみると、友達らしい人が集まって泣いてました。私は寒いのでカーデガンを着ようと、テキトーに選んで着ました。
「それ、いつもあなたのお母さんが着てたのよ、やっぱり親子ね」
と言われました。長い間会っていなかった母は、小さく、やせ細っていて、その姿を見ると本当に悲しくて何時間も泣き続けました。
自分の行動にすごく後悔しました。言った言葉も。
父はまだ母が好きです。愛してます。母にはお墓がありません。愛人に成り下がった母を母の家族たちは勘当してしまったのです。
だから遺骨は大事に父が保管してます。でも、父も癌です・・・。
この先どれだけ生きれるのかわからないみたいです・・・・。
せめて・・・今は父を大切にしたい・・・・これが私の気持ちです。
皆様も、親は大切にしてあげてください。長々ごめんなさい


57 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/18 09:03

高校の文化祭にはりきっているとき、親が学校に電話かけてきて
祖父が倒れたのですぐに病院に来い!と言われた。
心臓にペースメーカー入れてたんだけどもうこれで4回目で
今まで何度もこういう事があって無事だった人だったので
またか・・・とうんざりした思いでクラスのみんなに準備の
最中に抜け出す事を謝りながら病院にかけつけた。
病室につくと色々器具はつけていたけど祖父は上半身を起こして
意識もしっかりして会話も出来た。
人騒がせな・・・・と思った。帰るとき祖父が
「悪かったね。わざわざ来てもらって。じゃあね。」と手を差し出してきたが
私はおざなりに握手して再び学校へ急いだ。

数日後、祖父が死んだ。
どうしてあの時きちんと笑ってあいさつして手を握り返さなかったのだろう。
あの時の祖父の手の感触が今でも忘れられない。


86 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 02/12/19 00:53

親戚の家で、俺よりも4つ下の従弟と遊んでた時だ。
テレビゲームの順番で争って、「お前は俺より若いんやから、その分長生きするやろ? 俺はお前よりは残り少ないねんから、俺に遊ばせろ」と言って、
結局、俺が遊んだ。
俺が小学生の時だった。
その後、何年か過ぎ、俺が小6で従弟が小2になった。
ある日、親戚の家に連絡が繋がらず、色んなところに電話して、やっと連絡をとることが出来た。
……その従弟が交通事故に遭って、みんな病院に行ってる……それが、親戚の家と連絡がとれない理由だった。
次の日の朝、俺達は従弟の病院まで行った。
電車で2時間かかった。
病院に着くと、叔父さんが出迎えてくれた。
普段は強い叔父が、涙を流しながら、「遅いやんか……もう死んじゃった……」と言った。
その時は、実感もわかなくて、全然信じられなかった。
叔父に案内されて霊安室に行くと――そこで従弟の顔を見て、初めて涙が溢れた。
小学2年生の従弟の顔は、晴れ上がっていて、面影がほとんど残っていなかった。

あれからもう、6年以上経つ。
俺はまだ生きている。
「お前の方が若いから、長生きする」
そう言って奪ったゲームのコントローラー。
あれが最後の会話というわけではなかったけど、今でも深く後悔している。
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涙涙涙。


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