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1 [世界史] 世界史で語る年末年始の歴史的な薀蓄 05/01/01 12:57
05/01/01 (神谷) Comment
世界史板より「世界史で語る年末年始の歴史的な薀蓄」

あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
年始早々地震があったのはびっくりしましたが…。
そんな年末年始ですが、歴史的見地から見ると
どのような捉え方ができるのでしょうか。
このスレは、世界史で語る年末年始の歴史的な薀蓄を語るスレです。

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1 :世界@名無史さん :03/12/29 11:06
があるなら書き込め。


15 :世界@名無史さん :03/12/29 23:17
年末はシーザーが暦を改良するまで2月末だった。
いまの12月が年末になったのはローマの行政スケジュールのため。
故にoctober september novenber decemberがそれぞれ8 9 10 11を意味する
単語なのに2ヶ月ずれているのもこのため。
さらに閏年の調整が2月末日なのも、そもそも2月末が年末だったことに由来する。


16 :世界@名無史さん :03/12/29 23:19
……なんか変だぞそれ。

>故にoctober september novenber decemberがそれぞれ8 9 10 11を意味する
>単語なのに2ヶ月ずれているのもこのため。
september=7、october=8、november=9、december=10だろ。


21 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/12/30 01:01
では数レス下げながらやらせていただきますか。

亡き人の 来る夜と聞けど 君もなし わが住む宿は 魂無しの里

と和泉式部が詠んだように、かつての我が国には大晦日には祖霊が帰
って来るという信仰やそれに応じた霊祭というものが存在していまし
た。その起源はある程度文明の発達した段階に求められるという説が
ありますが(堀一郎ほか)、七世紀には民間でも行われていた様です。
これは特定の個人の霊の為に別棟を設け、それぞれの霊前に供物を供
える形式をとっていたことが『日本霊異記』の記述から伺えます。
平安中期の貴族たちも行っていたことは『枕草子』や『蜻蛉日記』の
ほか曾丹の歌などからも伺えますが、男性の記した「日記」にはまず
出て来ません。『小右記』に少しあるくらいです。
おそらく漢訳、或いはシナで成立した「さしたる本説」となりうる仏
典が存在せず、加えて死者の霊を迎えはしたものの仏教的な救済色が
薄かったことが偽経の成立を困難にした為でしょう、鎌倉時代には既
に京都では無くなっていたことが『徒然草』に記されています。
(十二世紀前半に成立した『今昔物語集』には大晦日の霊異について
記した説話が三話ほどありますが霊祭自体の話はありません)
もっとも地方では長い間存続したらしく、現在でも大晦日に祖霊神を
迎えたり元旦に墓参りに行く地域がありますが。


23 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/12/30 01:11
例えば沖縄では(私が調べた限りでは広島などでも)
「盆は祖霊をもてなす日で、大晦日は祖霊にもてなしてもらう日だ」
と言ったことが語られて来ました。では祖霊がなにを授けてくれるのかとい
うと、これが新年の生命力いわゆる「年玉」な訳です(そういう説がある)。
やがて実体を備えた餅(丸餅)で表されるようになり、江戸時代には小銭が
使用されるようになりました(当時は袋に入れずそのまま渡すのが普通)が
「御餅を食べるのがお正月」というのも言い換えればお正月には御餅を食べ
るものだということになります。
なお「餅無し正月」といってなんらかの祟りが原因で餅が食べられなくなっ
たという伝説が各地に残されていますが、そこは元々水稲農法ではなく焼畑
農法に頼っていた地域であったらしくこの場合は柳田國男が定めた「日本人」
の定義である「最低でもハレの日には米や餅を食べる」は当て嵌まりません。
なお民話の「笠地蔵」というのも善き老人の為に大晦日の夜に笠をかぶって
(旅装束の象徴)境界を越えて富を運んで来てくれる祖霊の姿の投影された
ものだと考えられます。
「牛方とやまんば」というのも大晦日の買出しに関わるものですが・・・こ
れは面倒なので省略しておきましょう。


24 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/12/30 01:31
では祖霊はどうやって来訪するのか。
古くは『梁塵秘抄』に登場する門松というのが祖霊の依り代として機能
してくれる存在のようです(五月の「天道花」もその可能性あり)。
かつては一本だけであったようですが、常に青々としているということ
もあって人々の支持を獲得したものでしょう。
青いといえばゆずり葉。現在でも正月飾りに使用される植物ですがこれ
も『枕草子』に「亡き人の食ひ物の下に敷くもの」とある様に古くから
正月行事に必要とされていたようです。
また正月のお飾りについている注連縄と同様にその場所を占めて(占有
して)災いを避けるという意味も期待されたのかもしれません。
災いを避けるといえば『土佐日記』には正月に家々の軒にぼらの頭をつ
けていたことが記されていますが、これは現在の節分における鰯の頭に
相当する魔除けですね。
鬼追いの原型である追ナも元々は大晦日に大祓などと並んで行われた行
事です。
追ナはシナ起源のものだと言いますが、「大晦日の霊祭」もシナや南太
平洋などに分布している習慣だそうです。
古いものを一掃し、新しい日々を始める正月(の元旦)。それだけにそ
の日には「ゆゆしき(縁起でもない)」ものは排除されました。
当日には念仏が忌まれたことが『紫式部日記』や『沙石集』に記されて
います。
まあこの辺りは個人の主観にもよるでしょうが・・・皆さんよいお年を。
(以上のものは「こういう説がある」というレベルの話も混じったものです
ので、他所ではお話になられぬことをお奨め致します。)
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祖霊にもてなしてもらうって言うのは、なんだかいいですね。

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27 :世界@名無史さん :03/12/30 10:34
京都の太秦には三角形の鳥居がある。
弓月国からきた秦氏の鳥居である。

ってことはゾロアスター教かイスラム教ですか?
もしくは景教じゃないキリスト教とか?


29 :世界@名無史さん :03/12/30 11:00
弓月国からきてることを誇りにしてるのだから
現地宗教に染まるよりは先祖の宗教と融合させていてもおかしくない。

イスラム教は年代的にもっと後じゃないか?
キリスト教も十字架がない点からしておかしい。
ゾロアスターは中国にさえ来てないのでは?

ていうか物部氏(八百万の神)と蘇我氏(仏教)で戦争してたのに
表だって神道崇拝する秦氏はなんで殺されなかったんでしょうか?
異端神道だったから?


26 :世界@名無史さん :03/12/30 09:31
「牛方とやまんば」というのも大晦日の買出しに関わるものですが・・・こ
れは面倒なので省略しておきましょう。

解説きぼーん


31 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/12/30 12:08
>>26
江戸時代後期には既に『嬉遊笑覧』や土佐の妖怪絵巻に記されていた有名な
話ですが、柳田國男によれば根底は「鯖大師」と同じものだということです。
「鯖大師」伝説とは峠を越えようとしていた鯖売りが弘法大師に鯖を請われ
たにも関わらず無視して通り過ぎようとしたところ牛が倒れて動かなくなっ
てしまった。そこで鯖を捧げたところ牛が立ち上がったというもの。
かつては仕事納めに峠の塞の神に鯖を捧げる習慣があったらしく、それを怠
った愚か者が鯖を全て取られるという筋だったのではないかという説です。
ただ本話は前半で恐ろしかったやまんばが後半では道化を演じていることか
らかつては前半と後半が別々に存在しており、後半は「猿蟹合戦」のような
仇討ち話だったのではないかということです。
実際に九州には蟹や蜂や針などの助力を得て退治するという話もあります。
やまんばが湯で殺されるところに荒行の影響を見るような説もありますがこ
れは本筋とは関係ありませんしきりが無いので省略。
>>27
そもそも鳥居がいつ出来たかという問題もあるでしょうに。六国史や中世の
諸書には登場するのですか?
それ以前に秦氏というのは朝鮮半島経由で渡来した始皇帝の子孫を称してい
た筈ですが。聖徳太子といい戦前の「学説」の長く尾を引くこと・・・。



33 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :03/12/30 17:56
じゃ、世界史板としては、
転換日(新しい年の最初の日)
現在の日本などでは1月1日(元旦、元日)。
中世では、1月1日、12月25日、3月25日、復活祭の日などが転換日でした。
12月25日は
クリスマスで、おそらく、その原形はミトラ神の誕生祭の日。
3月25日は
受胎告知の日であり、古い暦では「春分の日」。イギリスでは14世紀より
新年の最初の日とされた。
復活祭の日
復活祭がる日。
移動祝祭日で。3月の春分を過ぎてから最初の満月のあとにくる最初の日曜日。
復活=新しい始まり。


34 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :03/12/30 18:03
>>33
誤字は無視してね。

「正朔(せいさく)」という単語があって、
意味は、 1.元旦。1月1日。2.暦。3.天子の支配。
と三つぐらいあるんですが意味深でしょ。


39 :世界@名無史さん :04/01/01 01:37
誰も居ないから今のうち。
スペインのエイプリルフールは12月28日にあたる、
この日は一流新聞やTV局も真面目にガセネタを組むそうだ。
漏れは調べてみたが起源が分らないんだな〜。
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年末ということもあって、大騒ぎになりそうですね。。

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41 :世界@名無史さん :04/01/01 11:53
元旦の旦という時は初日の出が地平線から上る図をそのまま文字にしてるんです。


43 :カラジチ ◆mWYugocC.c :04/01/01 12:16
じゃあ、便乗して。
元旦は元日の朝のことをさすので、「元旦の夜」とかいう言い方は間違い。


44 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/01 12:33
「早旦」で検索してみたら古典絡みで出て来るものがほとんどでした。
今はあまり使わないのでしょうか。
地域にもよるが、かつては日没から翌日にするという発想が存在した。
従って大晦日の日没からもう新年になることがあった。


50 :世界@名無史さん :04/01/01 17:39
韓国は冬休みがなく1月1日から25日まで休みである。

旧正月のほうが重要だから。


51 :世界@名無史さん :04/01/01 18:18
旧暦を重視するのは中国も同じだな。
極東3バカは電波飛ばし放題だが、
旧暦に戻したほうがいいんじゃネーノ?
元々明治政府が閏月の給与を払う金が無くて新暦を
即効で採用しただけなんだろ?
むろんそれなりの大義名分はついでいるけどな。


53 :世界@名無史さん :04/01/01 20:03
杉田玄白や前野良沢はオランダ正月を祝った。
太陽暦を採用している今日、我々が祝っているのは実はオランダ正月。

オランダとは知らんだ。(寒)


54 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/01 20:59
蘭学者や通詞といった関係者の間ではおらんだ正月の他に19世紀になると
誕生日も祝われていたそうです。


55 :世界@名無史さん :04/01/01 21:03
前、山野が別スレで杉田玄白が平賀源内と入魂だったようなレスを
見た記憶があるんだけど、
源内や杉田は誕生日を祝ったりしたんかな。

でー何気に誕生日って日本では祝う習慣ってごく最近か?
さかのぼっても明治?



56 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/01 21:08
一般なら明治でしょうね。織田信長が祝わせたことはルイス・フロイス
が書いていたはずですが、秀吉ほかの例は不明。
これと同時代に書かれた『言継卿記』を読んでいたら天皇の誕生日に土
御門が属星祭を行っていたという記事が出ていた記憶がありますが、こ
れは厄除けであって祝いとは言えないか。


60 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/01 23:22
付け加えておくと、人々が神社や寺を選んで参ることが出来るように
なったのはかなり時代が下るような気がします。
(以下の話は中世前期の概観)
長谷寺や石山寺に詣でることは盛んだったようですし、中世になると
一般の参詣者も相当数に上ったようですがこれは気軽に出かけたもの
ではありませんし。
京で今年はどこそこの寺社をというように選択した覚えがないのです。
田舎であればもっと限定されたでしょうし。
そもそも今でいうところの初詣があったかどうか。
中世前期には祖霊を実社神として祀る習慣もありましたが・・・難し
いですね。(実社神とは本地を持たない人や動物の死霊が神として祀
られたもの。屋敷神とされた例もある。)



64 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/04 23:55
今朝テレビに出ていたので、邪気を祓う(?)獅子舞のお話でも。
獅子舞の起源は「獅子」とあるように当然大陸ですが、その前にまず日本の
お話を。『枕草子』には法興院の積善寺で一切経の供養会があった際に「高
麗・唐土の楽」が奏され、「獅子・狛犬」が踊り狂ったことや天皇・中宮の
寝所の前には獅子・狛犬が安置されていたことが書かれています。
これ以降、室町時代までほぼ同じしきたりに従って獅子・狛犬が供養会に出
たことが記されていますがどうやら行道においては獅子が先を進んだという
記事から察するに魔除け・先払いの意味があったようです。
(これらの舞を伝えていたのは「狛氏」。平安時代中期に朝鮮半島から帰化)
なお現在「狛犬」と言えば神社の入り口におかれているものですが、あれも
角がある方を狛犬、無い方を獅子とする意見があります。
現存するものは平安時代後期以降のものですが古い時代のものはほとんど木
造で、石造が製造されるようになったのは若狭周辺の日本海側では14世紀
から。京都・大坂一帯に石造の狛犬が広まったのは17世紀以降です。
その起源はおそらく大陸であり、オリエントあたりの「スフィンクス」像に
由来するとの意見もありますが詳細は不明。ただ肝心の朝鮮半島にはそれら
しい遺物が現存していないことからシナから直接伝来したのかも知れません。
さて獅子舞に話を戻すと、百済人味摩之という者が612年に呉で学んだ伎
楽というものを日本人の弟子たちに教えたという記事が『日本書紀』に見ら
れます。この演目の中の「獅子舞」が具体的にどんなものであったのかは現
存しないものなので分かりませんが、現行のひしゃげたような造形の獅子頭
のルーツはこの伎楽で使用されたものにあるようです。
古い「獅子」の姿をごらんになりたい方は5月の四天王寺の行事をどうぞ。


65 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/05 00:04
では起源である大陸の「獅子舞」について。
これについては『大唐西域記』や『唐書』や『楽府雑録』に亀慈(ク
チャ)国に素晴らしい獅子舞があったことが記されており更に平安末
期に描かれた『信西古楽図』に『楽府雑録』から引いたものとして獅
子舞の図が掲載されていることからして亀慈産の獅子舞が日本の獅子
舞のルーツであろうと考えられます。
『西涼伎』という唐代の詩には「仮面胡人仮師子・・・」と辺境の将兵
らが西涼の獅子舞にうつつをぬかして辺境の防衛がおろそかになってい
ることが詠われているとおり、かなり面白がられたらしい。


66 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/05 00:21
日本では『源平盛衰記』や『古今著聞集』などの記述から察するに鎌倉時代
には素人間にもかなりの広がりを見せていたらしく、それも軽快なものにな
っていたようです。室町時代になると猿回し同様庶民の家々を廻って門付け
舞いをするようになっていたらしい。
江戸時代のことですが、その前に・・・日本には元々2種類の「獅子舞」が存
在していました。後者は「シシ踊り」と呼ばれて主に関東・東北に残存してい
たものでここでいう「シシ」とは鹿・猪のことです。
その舞は一人舞いで角がありました。喜多村信節によれば江戸中期までは江戸
の獅子舞というものは一人舞いであったものがやがて伊勢代神楽の影響を受け
て二人舞いになっていたらしい。
かくして現代に至る、ということです。今ある民俗芸能はほとんどが江戸中期
以降のもの。(誰も読んでないか?)


68 :世界@名無史さん :04/01/05 15:57
http://hp1.cyberstation.ne.jp/kyoto/sikaodori.html

↑ なぜか京都で岩手県江刺市の鹿踊りの写真


70 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/05 22:55
>>68
これは獅子頭と鹿の角の融合したものですが、中には完全な鹿頭のものもあ
ります。伊予宇和島の五つ鹿の踊りは伊達家が江戸初期に伝えたもののよう
ですが、どうみても普通の鹿の踊りですね。
愛知県には二人舞いで猪を模した「獅子舞」があります。田畑を荒らしてい
た猪を殺した後に鎮魂と獣除けを目的として舞われたもの。


75 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/10 17:07
一部で評判の悪い「君が代」ですが、『御伽草紙』の中には門付けや物売り
の歌うものとしてよく登場しており、宴席でもよく歌われた目出度いもので
した。
現在では正月に門付け芸人が訪れることは滅多にありませんが、テレビをつ
ければ「漫才」をやっています。
起源は現在も秋田・茨城・愛知・福井などに残る「万歳」で、近代に万才と
呼ばれやがて現在の漫才となったといいます。
勿論二人一組で家々を廻るものですが、かつては田舎に六人ほどの集団で旅
をして来た例もあったといいます。江戸時代にはわざわざ三河から下って来
て江戸で相棒を探して仕事をしたらしい。
二人の一方は烏帽子に代紋を着た太夫、もう一方は鼓を打つ才蔵。中世後期
に生れたもののようですが、鎌倉時代の無住の創始とする伝承があります。
なお京都の千秋万歳は近世に沖縄に伝わっており、全く同じ演目もあります。
こうした門付け芸人としては『枕草子』に登場する「ほかいこじき」が古い
例ですが・・・欧州などではどうだったのでしょうか。
日本の春駒に似た遊戯は唐代に存在し、欧州でも五月の祭に似た遊具が出た
のは馬に乗って異界から神が来訪するという古い信仰から来たものだといい
ますが、正月芸と直接結びつくわけではなし。
代りにイングランドの正月の俗信を記しておくと
・大晦日に家に入ってくる人間で翌年の運が決まる
・一月一日には仕事をしない→一年中仕事をさせられる破目になるから
・丸ごとのエンドウでスープをつくる→つぶれたエンドウは縁起が悪い
日本の発想とそう変わりませんね。
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年末年始にもやはり歴史が色濃く反映されてますね。
年始、いかがお過ごしですか?


それでは、今年も良い年にしましょう!

※2-4日は更新をお休みいたします。



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