[05/11/02-00:18]
いま僕ができること。
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357 :大人になった名無しさん :2005/09/30(金) 16:30:10
両親が共働きで、4つ上の兄貴も小学生だったから、
小さい頃俺は母方の祖父母に世話してもらってた。
朝、親が出勤する時に車で実家に行き、
夜に親が仕事終えて帰ってくるまで祖父母に面倒見てもらうっていう風な感じで。
ホントに優しくてさ、
祖母は毎日俺の好きなカレーだのババロアだの作ってくれて、
祖父にもよく遊んでもらったし全然怒られた記憶無いんだ。
二人とも年なのに幼稚園まで自転車で送迎してくれたりして、
祖母はヒザの持病持ってたのに俺がヒザの上に座ったりしても全然嫌がんないの。
たまに叔父が帰ってきて一緒に遊んだりゲーム買ってもらったり
とにかくあの家が好きで、小学校に入学しても家に帰らないで実家帰ってたくらいだった。
ちょっとした事情で俺も小学校から自分の家に直で帰るようになったんだけど、
それでもちょくちょく遊びに行った。
ゲームしてお菓子食ってワガママ言って、今思うとよくこんなガキを相手にしてくれたと思う。
祖母が死んだのは俺が小4の時。
子供だったからか両親はそれほど深刻な状況だったことを教えてくれてなかったので、
突然な感じがして涙も出なかった。
悲しいけど何がなんだか分からないっていうか。
後で聞いたら本当に壮絶な闘病生活だったみたいで、
母は恐らくそれを俺に見せないために敢えて言わなかったのかと思う。
でも、数えるほどしか見舞いに行けなくて、今思ってもとてもやるせない気持ちになる。
祖父は俺が中3の時死んだ。
風呂にはいるのも用を足すのも命がけだったという戦地から生き延びた祖父は、
我慢強いというのか何というのか、
苦痛を伴う自覚症状が出ているのにも関わらず誰にもそれを言わずに、
片目が見えなくなり体も弱くなった。
それに加え祖母が逝ってから来た叔父の馬鹿嫁が家を開けっ放しにし、
祖父の飯もろくに作らず、すっかり衰えた祖父はそのまま病気で逝ってしまった。
おまけに俺は部活の終わった後に居残り練習してたせいで、死に目に立ち会えなかった。
あと一本早いので帰ってれば間に合ったのにさ。
しかもその部活は後でやめてしまったし、祖父には合わす顔がない。
大好きだったあの家には、もう祖父母はいない。
叔父夫婦には子供もいないし、放っておけばこの家も
叔父夫婦が死ねばただの廃屋になる。
だから決めた。
さんざん世話になっておきながら、
ワガママばっかり言って、祖父母両方の死に目にも会えなかった俺。
兄貴みたいに友達もいないし運動も別にずば抜けて良いわけじゃない俺。
そんな俺が今から出来ることは、あの家を俺が守ること。
兄貴が婿に行ったから父方の実家も継がなきゃいけないがそんなこと関係ない。
2つの家を俺が守る。
そのために勉強して絶対会計士の資格取って家守れるだけの金持ちになる。
気休めかもしれないけど、今更祖父母に対しての償いにはならないけど、それでもやる。
あの家は俺が守る。絶対。
泣ける話でも感動誘う話でも何でもないし、
なんかすごい読みづらい文章になってしまった…
俺の文才の無さがひしひしと伝わってくるなorz
でもまぁあれだ、
親や祖父母あるいは兄弟に何か恩返しがしたいなって思ってる人が、
この汚い文章読んで「こういう奴もいるんだな」
って事でなんか感じてもらえるといいな、と思ってます。
俺はもう居ない人への恩返しだから、
もし達成しても何の返事もないし喜んだ顔も見れないけど、
まだ自分の近くに居る人ならいくらでも恩は返せるよ。
もしそういう人居たらすぐ行動起こしてほしいな、
些細なことからでいいからさ。
最後に、この駄文読んでくれた人有り難う。
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Posted by 神谷◆YUAoOKneko
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[05/11/01-00:17]
そこに見る昔、ここにある今。
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148 :恋人は名無しさん :2005/10/15(土) 16:31:08
待ち合わせた彼女を待ってて見かけたのは、大学生風のカップルだった
男が女の子の正面に立って、何かしきりに手を動かしてた。手話だ
彼はやっと手話を覚えたこと、覚えるのは結構大変だったこと
女の子を驚かせようとして、その日まで秘密にしてたことを伝え、
女の子の方は彼が勉強してることを知らなかったこと、本当に驚いたこと、
嬉しいと思っていることを伝えて、そのうちもどかしくなったのか彼の手を握って
2度3度、嬉しそうにその場でほんの少し飛び跳ねてみたりしてた
悪趣味な盗み聞きだとは解ってたけど、その時ようやく手話を使いこなせる
様になったばかりの俺には、それは例えば外国の街で突然耳に入ってきた
日本語が気になる様に、申し訳ないけどどうしても気になる光景だった
たぶん、俺はにやけてたと思う。怪しい奴に見えたかもしれない。
でも、それは微笑ましくて、こっちまで心があったかくなる光景だった
服の裾が引っ張られる感覚に振り返ると、そこに俺の彼女が来ていた
何を見てたのかとか、顔が嬉しそうだとか、もっとはやく私に気づけとか、
微妙に頬を膨らませて、もの凄い勢いで手話を繰り出す彼女に、
俺は手話でごめんなさいと伝え、ちょっと昔を思い出してたことを伝えた
それでも彼女は少し首を傾げ、その”昔”を知りたそうな表情だったけど、
俺は笑ってごまかした
今目の前にいる女の子を驚かそうと、秘密で手話を勉強してた頃の事だ
……とは、恥ずかしくて言えなかった
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Posted by 神谷◆YUAoOKneko
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[05/10/30-23:54]
無響の雨。
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129 名前: ('A`) 05/01/15 15:21:40
男が大阪の天王寺から電車に乗ると、若い女が目に入った。
好みのタイプだった。
声を掛けると、彼女は言葉を返せなかった。聾唖者だったのである。
なんとか手振りで会話が成立し、彼女をデートに誘うことに成功した。
気が合った二人はホテルで一夜を過ごした。
彼女は処女だった。
彼は彼女に惚れてしまい、結婚したいとまで考えるようになっていた。
別れ際、彼女に「電話番号を教えてくれ」と身振りで伝えると、
彼女は自分を指差し首を振るばかりで教えてくれない。
「会いたくないのだろうか」とショックだった。
彼はメモに自分の電話番号を書いて渡し、二人は別れた。
翌日の夜、彼の部屋の電話が鳴った。
受話器を耳に当てると電話のダイヤルを回す音だけが聞こえる。
その音が何度も繰り返し聞こえてくる。
「何だろう」と初めはいぶかったが、やがて彼は気づいた。
「彼女だ」
彼女が回すダイヤルの音を聞きながら、
彼はなすすべもなく呆然と立ち尽くした。
二人は二度と会うことはなかった。
「何てことしてしまったんや。わるいことしてしもうた。
彼女耳が聞こえへんのに電話番号渡してしもうた。
ほんまにわるいことした」
彼は、飼っている猫の臭いの充満する部屋で、泣き続けた。
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Posted by 神谷◆YUAoOKneko
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[05/10/28-00:56]
そのやさしさが、身に沁みる。
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35 名前: コピペね。1 04/03/23 22:29 ID:wLkVrtpv
オレじゃなくて、いやね、ウチの母親なんですよ。
母親が台湾に旅行するってんで、お守り持たせた訳ですわ。
母親の入ってる団体の慰安旅行だから別にそんな危ないわけじゃないんですけど、
ウチの母親飛行機乗ったことないイナカモンなんで、怖がったから持たせたんです。
お守りっていっても、翡翠の玉
(漏れが山で拾ってきて磨いてキーホルダーに加工したやつ)なんですけどね。
で、無事帰ってきたおかんがなんか暗い顔してんの。
どうしたの、楽しくなかったのか?ってきくと
「財布落とした」って。
台北かどっかのタクシーの車内にうっかり忘れてきたみたいだ、って言うんですよ。
財布はともかく、漏れに貰った翡翠の玉を入れてたのが申し訳ない、
ってなんかもう死にそうな顔で
あほだなあ、おかんが無事で帰ってきたんだからじゅうぶんなんだっつーの、
って言ってもまだ立ち直れないの。
んで、そんなことがあって帰国から10日くらいたった日にね、国際郵便が届いたんですわ。
差出人は台湾のヒト。
なんじゃこりゃ、とおもって母親が開けると、そこには落とした財布が入ってたのね。
ついてた手紙には
「私はタクシーの運転手だが、台北の駅であなたたちを降ろしたあとに財布を見つけた。
追いかけて返そうと思ったが、もう見つからなかったので
失礼と思ったが財布の中身を見させてもらった。
運転免許証を見つけたのでその住所にこの財布を送ります。
私は日本語が読めないが、祖父が日本語の
読み書きが出来るので代筆してもらいました」
とかあったんですよ。
もうね、アホかと。
行きずりの外国人のサイフですよ?ネコババしてもばれないのに、律儀に送り返すって、
どういう人たちなのかと。
おまけに、入れてたNT$も全額そのまま。
で、封筒には別の包みも入ってて、
それには
「財布を落としてしまってはお土産が買えなかったのではないか。
とても美しい翡翠の玉が入っていたのであなたは石が好きな人なのだろう。
お土産代わりにこれを贈ります。
どうか台湾にまたいらしてください」
とかいう手紙と翡翠のブレスレットが入ってたんですよ。
もうね、なんつー人かと。
ちょっと書いてて涙出てきちゃうくらい、イイ人じゃないかと。
こんないい香具師がいる国だったら
こんどは漏れも行ってみたいなと思ったわけでした。
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Posted by 神谷◆YUAoOKneko
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[05/10/27-00:54]
母のぬくもり。
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541 :ななななな無し :04/10/05 23:14:40 ID:gC9rMR/8
泣ける話。
これは私の親戚のおばあちゃんが亡くなったときに聞いた話です。
おばあちゃんは95歳だけど、いつも元気だった。
通学路にあった家では毎日のようにおやつをくれた。
それも、二階から投げるという何とも遊び心のある人で、
そんなおばあちゃんが亡くなるなんて想っても見なかった。
いつも笑ってて、悲しいことなんて何もないのだと想っていた。
おばあちゃんが亡くなる前、おばあちゃんの家はお墓を新しくした。
今思えばおばあちゃんの老化を家族が気づいていたのかも知れない。
古いお墓をあけるとそこにはいくつもの人骨が散らばっていた。
長く続く家なので何十人もの遺骨があったのだと想う。
そのとき、いきなりおばあちゃんが作業を止めて、
お墓の中にはいっていった。
当然皆がおばあちゃんを止めたが、おばあちゃんは聞かずに、
お墓の中で腹を抱えるようにうずくまった。
何事かと息子さんが近寄ると、おばあちゃんは泣いていた
聞くと、そこには生まれてすぐに亡くなった
おばあちゃんの母が眠っているのだという。
物心ついたときにはもう母親はいなかった。
写真も大衆的ではなかった時代。
母親を感じることが何も出来なかった時代。
自分のために置かれる墓石の作業中に
初めて感じた母のぬくもりだったのかもしれない。
おばあちゃんはしばらく何十人分の骨を抱えて泣いていた。
この中にお母さんがいる。
そう叫んだらしい。
そこには、いつもの明るいおばあちゃんの姿はなかったと、
母が言っていた。
村で一番長生きで、何でも知っているおばあちゃんに
そんな過去があったなんて、誰も知らなかった。
この話を母から聞いて、恥ずかしいことに高校生の私は母の前で泣いてしまった。
人には誰しも悲しい過去があるのだと始めて知った。
今の自分がいかに恵まれているか考えると、
おばあちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
今は母に何もしてやれてないけど、これからいっぱい親孝行しようと想う。
そうすればきっと、私は母のぬくもりを忘れることはないだろう。
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Posted by 神谷◆YUAoOKneko
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[05/10/25-01:05]
父の生き方。
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323 :大人になった名無しさん :2005/09/01(木) 02:40:26
父の葬儀があった。
もう年だし、悲しくもなく淡々と取り仕切っていた。
数年間はずっと病気続きだったが、工務店を経営しており、
たくさんの職人さんを抱えてた事もあった。
葬儀に子供の頃に見覚えのある職人さんが来てくれた。
何十年も出入りはしてなかったが。父より年上で80近いだろう。
礼服ではなく、失礼だがこぎれいとは言えない格好だった。
香典袋ではなく封筒にくしゃくしゃの千円を包んでくれた。
「親方にはお世話になったんですわ。偶然聞きつけたのも縁が続いてる証拠ですわ。」
その時、心のたがが外れた。
涙が止め処なく流れた。
そして心からありがたいと言う気持ちになった。
改めてお礼にあがった。
掛け金を払ってなくて年金は無いらしい。
作業場の下働きなどで何とか家賃1万の生活を支えていた。
ずっと一人暮らしだという。
失礼ながら生活保護を勧めたが、静かにこう話した。
父に会う30年前まで月50万稼いでたと、でも全てが悪銭だったという。
父は汗をかいて稼ぐ事を教えてくれたといってくれる。
おかげで人間として生きる事が出来たと。
それで十分、いつか人知れず死んでしまうかもしれないが、
満足のいく人生なんですよ、と。
この人の高邁な生き方に感動し、
私の知らない父の生き方を知ることができた出来事だった。
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Posted by 神谷◆YUAoOKneko
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[05/10/24-00:02]
天ざるそばとなみだ。
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929 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 03/02/04 18:30
以前さ、老人保健施設ってところで働いていた。
デイケアの担当でさ、
通ってくる年寄りを風呂に入れたり、一緒に踊ったり。
その年寄りの中に、
いつも婆ちゃんの付き添いのために来ていたじいさんがいたんよ。
付き添いっていうくらいだから至って元気でさ、
職員のスケベ話に入り込んできては、「今度その店に連れて行け」だの、「美味いソバ屋を見つけたから、一緒に行こう」だの誘ってくる。
気のいいじいさんでさ、俺も大好きだったんだけど、
こちらの立場からすれば、相手はお客さんなわけだし。
一緒に飲みに行ったりすると
、絶対俺らにお金を払わせないって気がしていたんで、適当に話しをごまかしていた。
でも、一度だけ誘いを断れずに、ソバを食いに行ったことがある。
そん時はじいさん、嬉しそうでさ。
ソバすすりながら満州にいた頃の武勇伝なんか、ニコニコしながら話していたっけ。
もちろん、じいさんのおごりで。
その後しばらくして、俺も配置換えとかあって、
直接じいさんらと関わる機会が少なくなった。
でもたまに施設内で顔を合わせたりすると、
相変わらず「ソバ食いに行こう」って誘っていたっけな。
でも、ある日を境にばったりと来なくなった。
あまり気にもしてなかったんだけど。
あんまり姿を見せないんでデイケアの担当に聞いたら、
末期ガンでぽっくりと逝っちゃったって。
そんときはもう泣いたな。。
なんでもっと一緒にソバ食いに付き合ってやれなかったのかって。
入浴介助しながら、もう大泣き。
幸い汗まみれなんでばれなかったけど。
あの時の天ざる、美味かったな、じいさん。
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Posted by 神谷◆YUAoOKneko
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[05/10/22-00:33]
初めて気づいた、大切なもの。
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45 :大人になった名無しさん :2005/06/05(日) 23:44:17
幼稚園の頃から、仲が良かった親友が居ました。
いつも、俺たちは4人で遊んでた。
どんな時も、一緒に遊んでた。彼女についての相談をしたり
馬鹿言ったり、喧嘩したり。でも、そんな事やりあってるうちに
俺たちの絆は更に深まっていった。
ある日、いつものメンバーで遊んでる時、ゆうき(仮名)の具合が悪そうだった。
そいつは元気だけがとりえだったのに、その日だけは具合が悪かった。
日がたつたびにゆうきの具合が悪そうだった。俺たちは心配になって
体調を聴いたが『大丈夫。なんてことないよ』と、言っていた。
数日後ゆうきは学校を休むようになって、病院で入院していることを親に聴いた。
親からゆうきが難病に掛かっている事、
そして治らない事、もう直ぐ天国に行くかもしれない事。
全部聴いた。俺たちは言葉が出なかった・・・。
俺たちはいつもより1人少ない、3人で御見舞いに行った。
プレゼントを持って。逢って元気付けてあげて又、一緒に遊ぶんだって俺は思った。
病室に入ってゆうきを見たら、
全身チューブだらけでちゃんと顔を見る事ができなかった。
俺たちは『絶対良くなるよ』って言ったら
ゆうきは『まだ死にたくない』って言われた。面会時間が短かったから
プレゼントを渡して病室から出た。
病室から出た後、俺たちの涙は止まらなかった。
まだ、死んでる訳じゃないのに凄く悔しかった。
何で俺たちの親友がこんなに苦しまなきゃいけないんだと思った。
俺たちは何も出来なくて、ただ涙を流す事しか出来なかった。
そして俺たちは毎日の様に御見舞いに行った。
俺は親から貰ってる少ないお小遣いを貯めて
ゆうきの為にプレゼントを買って病院に行った。
いつもの病室だから迷う事なく真っ直ぐ進んで病室に入ると
ゆうきの姿は無かった。
部屋の中の状態はいつものままなのにゆうきだけが居なかった。
頭の中が真っ白になって何が起きたのか判らなかった。
部屋の前でプレゼントを持って立っていると
後ろからゆうきの母親が来て俺に言った
『本当についさっき息が止まって・・来てくれてありがとう』
って涙を我慢しながら俺に言った。
プレゼントはゆうきの母親に渡して俺は病院を出た。
その後、俺たちは3人だけで遊ぶようになった
俺たちの仲間が居なくなって初めて気が付いた。友達の大切さを。
今迄本当にありがとう。絶対忘れないよ・・・
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Posted by 神谷◆YUAoOKneko
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