なま屋。

「あなたのパンツァーは、戦うために!」「……違う。パンツァーは……逃げるために、あるんだ」

「刃心」

05/09/17-18:39
●観に行ってきました

 『忍 SHINOBI -HEART UNDER BLADE-』(オフィシャルサイトリンクは記事タイトルから)

 名古屋博のレポも書き終わってないのに。
 て言うかTRPGのレポも溜まってますが…まあ、誰か書いてくれるでしょ。

 今日の旅は最初から蹴躓く。
 映画館の位置をよく調べずに行って、両毛線伊勢崎駅を降り立ってから2時間ほど歩き回ると言うハプニング。
 駅の近くじゃないのかよ! これだから自動車王国は!
 もう、いっそ余分に金払ってさいたま新都心にでも行った方がましだわよ。

 そしてすっかり忘れてたものの、伊勢崎は県内屈指の夜の歓楽街。
 街中に風俗多すぎですよ。そして目指す映画館は結局オートレース場の近くにあったわけですが、そこもまあオートレースで勝ったお兄さん方が心の垢を落とす場所なのか、風俗が立ち並んでるわけで。

 なんかもう、結局歩き回って時間無茶苦茶だったから映画観る前に1時間半くらい余裕があったもんだから、入っちゃおうかと思うくらい。
 いや行きませんけどね。それならまだ文庫本10冊買います。マジで。

●それはそれとして映画の感想

 結論から言えば、僕はこの映画そこそこ好きです。
 山田風太郎の映画化か、といわれると首を捻るところは多々あるんですが。

 ネタバレ含めて言ってしまうと、例えば鍔隠れと卍谷の存続を朧が自分の両目を潰して願い、そしてそれが叶えられてしまうところとか、結局朧が生き残るところとか、あと里が存続することが決定したあとの字幕とか。
 ……主に最後に畳み掛けるようにしてあるんだなあ。

 山田風太郎が書く世界観って、僕のイメージだと「結局人間が何しても無駄なんだよ」と言う無常観のようなものが中心になっている気がするんです。
 常人には不可能な修行をしてきた忍者も、あっさりと、そして流れるように死んでゆく。
 どんなことを願っていても、それが叶えられることはほぼない。
 そんな中で、けれど己の持てる力全て振り絞り必死に戦う忍者たちの生き様に、「でも、人間ってこんなに頑張れるんだよ」と言うメッセージが込められている、ような。

 だから、例えばこの映画のように、「誰かが犠牲になって、誰かが幸せになる」と言うのとはちょっと違うかなあ、と思ってみたり。
 そんなわけで、山田風太郎の映画化、と言われるとなかなかどうかと思うところはありますが。

 先入観無しで観たら、そこそこ面白いんじゃないかな、と思ったりするわけです。
 そりゃ、ボロボロに貶す人も勿論居ると思いますから、これは僕個人の考え方ですけどね。

 ついでに、僕が忍者を好きなのは、そのストイックさのせいなのかなあと思ったり。
 一忍一芸ってある意味究極のストイックさの表れと思います。
 そりゃ、山田風太郎の忍法小説には性的な話も多いですから、そこでストイックとか言われてもどうかと思う人もいるとは思うんですが。
 結局、人間が死ぬ気で頑張っても手に入るものはせいぜいひとつ。
 そして、その1つを自分のみの忍法と定め、それがために全身全霊をなげうって行く生き様。
 なんだか、そんな気がするわけですよ。

 勿論、荒唐無稽な忍者小説も好きですから、つまりはいろいろな好きな部分が集まって出来てるんだとは思うんですが。

 と、感想にもなってない感想を書き並べつつ。
 最後に突っ込むところを突っ込んで終わる。

・薬師寺天膳が不死蟲を入れている件

 そうか天羅キャラだったのか。ちょっと親近感わいてきた。

・パンフレットの服部半蔵のところに「汚名挽回を狙っている」と書いてある件

 汚名挽回。恥の上塗り。
 部下にリストラされた男らしい狙い方ですね。

・蓑念鬼が早死にしすぎる件

 まあキャラ立てが濃いとすぐ死ぬんだよ。理解されれば用はないんだから。

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Posted by なま
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