ボス・カフェオレに捧ぐ

ボス・カフェオレに捧げる文章をときおり書きます。

[06/03/03-12:46]

ひな祭りとボス・カフェオレ

あかりをつけましょアボリジニ、とは誰が詠んだ句であったか、無学な私にはちょいと見当がつかないが、なにはともあれ今日は楽しいひな祭りである。年甲斐もなくわくわくしてしまって、ボス・カフェオレの缶を丸ごと口へ突っ込み内容物を直接食道へ流し込み窒息死しかけたりしてしまった。これは、いけない。ボス・カフェオレの手にかかって死ぬのなら本望ではあるのだが、どうせなら風呂桶いっぱいのボス・カフェオレによって溺死したい。それに今日は楽しいひな祭りなのだ。楽しい日に死んでは楽しくない。

さっそく、近所のコンビニへ赴き、ひなあられを買った。白、桃色、黄色などなど、色とりどりのあられだ。辛抱たまらず、家路の途中で開封し、まずは白いあられを一粒口に入れた。ほのかな甘さだ。たまんねえぜ、と私は呟いた。ヨウ素溶液のような色の髪を装備した中年女性が怪訝な目で私を見ていた。引っ込みがつかなくなったので私は歌った。あかりをつけましょアボリジニ、お花をあげましょ貴乃花、五人囃子のヒババンゴ、今日は楽しいひな祭り。ヨウ素が携帯電話を取り出した。私は走って逃げた。正確に言うと、逃げようとした。逃げようとした瞬間つまづいて転倒した。いかん、このままでは顔面を強打してしまう。そう思った私はとっさに手をついた。手にはあられの袋を持っていた。グジャブ、という音がしてあられが散った。散華した。あられがあられもない姿に、と私は思った。あれあれあられがあられもない姿に、と私は言ってみた。二度目のあられの途中で舌を噛んだ。

あのときヨウ素が撮った私の写真はいったいどこでどういうふうに使われるのか気が気でないのが今の私の心境である。そんなときボス・カフェオレを飲むと素晴らしく落ち着く。考えても仕方がない、とりあえず粉々になってしまったあられをザザーと喉へ流し込み窒息死しかけようと思う。今日はひな祭りなのだ。死にかけるくらいがちょうどよい。


上記の文章をボス・カフェオレに捧ぐ。

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Posted by マルボロ

[05/04/09-07:30]

花見日和とボス・カフェオレ

ひさしぶりである。ひさしぶりすぎてドラえもんの声優が変わってしまった。ドラえもん、のび太、しずちゃん、スネ夫、ジャイアン。幼少の頃から慣れ親しんできた声が変わるのである。これは由々しき事態だ。由々しき事態ではあるが、変わってしまったものはしょうがない。覆水盆に返らず、朝立ちホントたまらず、である。何を下品な。私はこのようなキャラクターであったか。前置きなしで突然「アサダチ」などと、しかも平然とタイピングしてしまうとは。時の流れとはかように恐ろしいものである。これもしょうがないことだ。五ヶ月も更新をサボってれば、そりゃあドラえもんも変わるし、私だって「VIVA! VIVA! LAオチンチン! ひらけボッキッキー」と小学生のごとくヨダレを垂らしてピョンピョン跳ねながら言いたくなってくるのであ――落ち着け。何を錯乱している。そうだ、コーヒーだ。コーヒーを飲んで落ち着くのだ。

ゴクリ。美味い。やはりボス・カフェオレは美味い。

そう、そうだ、ようやく思い出した。ここは私がボス・カフェオレに捧げる文章を発表する場であった。「ドラえもんがアサダチ」とかわけわかんないことばかり書いていたからすっかり失念していた。久々の更新がこれでは、さすがに読者様も怒髪天を衝き、アサダチがおさまらないだろう。しかしそのようなときには、やはりボス・カフェオレである。このさっぱりとした甘さ。アサダチも瞬時におさまる。ピースである。

さて、桜が見ごろを迎えている。日本人ならば桜を凝視しつつ杯を傾けたいところであろう。私の職場でもこの週末、花見をするらしい。らしい、というか私が幹事なのだから、やるのは決定である。花見をする。幹事というものは面倒で、準備や時間調整など、しなければいけないことが山積している。普段の仕事と花見関係の雑事が重なって、軽く発狂しそうである。そんな折、無邪気に「あー花見楽しみー。幹事さん飲み物全員分用意しといてねー」なんてほざく同僚を見ると、思わず顔面をつねりたくなる。つねるっつーか思いっきり殴りたくなる。しかし私は温厚一代男なので、ボス・カフェオレのホット缶を首筋に押し付けるだけで済ませてやった。「アちい!」だってさ。そりゃ熱いだろう、ホットだもの。

さて、そろそろ場所取りに出かけようか。社員全員分の飲み物は既に車へ積んだ。もちろん、ボス・カフェオレだ。3ケース用意しておいた。これで花見は大盛り上がり確実だろう。アサダチはおさまってしまうが、それはそれで、妙な雰囲気になるのを未然に防げる。すごいぞ、ボス・カフェオレ。


以上の文章をボス・カフェオレに捧ぐ。
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Posted by マルボロ

[04/11/08-09:44]

ボス・カフェオレ宣言

更新の頻度が傾斜角85度の斜面を滑り落ちていくスノーボーダーのような勢いでぐんぐんと落ちているのだが、私は元気である。もともとこのサイトは「ボス・カフェオレを飲み、その美味さを存分に堪能しつつ、感謝の意味も込めて文章を捧げる」というコンセプトを掲げて開設されたので、というか今そういうことにしたので、まあそういうコンセプトだこの野郎ということなのだが、とにかくボス・カフェオレを飲まないことには更新がおぼつかないのである。

読者諸兄は思うだろう。「え、何。じゃあマルボロさん、最近更新をサボっているのはボス・カフェオレを飲んでないってこと?」と。多少困惑気味に思うだろう。「ボス・カフェオレに捧ぐ」などという仰々しいタイトルのサイトを立ち上げながら、その管理人がボス・カフェオレを飲んでないとは、まさに看板に偽りありだ。「OK牧場」という看板が出ているので中を見てみたら牛たちが「なあ、食いもんくれや、なあ、俺らここ三日間何も食べてねえんだ、頼む、くく食い物を。これじゃいい乳でえへん」と震えて懇願しているのを見るのと同じくらいの看板偽りっぷりだ。これっぽっちもOKではない。

だからと言って嘘はつけない。飲んでもいないボス・カフェオレに対して文章を捧げたりなどという愚かな真似はできない。冒涜だ。

私はボス・カフェオレから距離を置き、己を見つめなおすことにした。初めてボス・カフェオレを飲んだあのときの感動を、今一度呼び起こすために。目を閉じればすぐにでも思い出せる。そう、あれは高校の頃、彼女がボス・カフェオレをひとくち飲み、ふふっと笑いながら「甘い……ねえ、ひとくち飲んでみる?」とボス・カフェオレを差し出し、その缶の飲み口におずおずと口をつけたときの、あの甘酸っぱくもきらきら輝くメモリアル・メモリー。今こそこの手に取り戻すのだ。愛し愛されて生きるのだ。

そして私は今日、2週間ぶりにボス・カフェオレを飲む。スーツの胸ポケットには120円を仕込んでおいた。何があっても、そう、会社帰りに飲み会があって会計のときに「マルボロくん、ちょっと120円足りないんだけど、貸してくんない?」と上司に言われたとしても、会社帰りにカツアゲくらったとしても、「おいテメーちょっとジャンプしてみろよ。小銭隠してねえだろうな」と脅されても、「やっぱ持ってんじゃねえかよ出せこの野郎!」と凄まれても、「120円? なめんじゃねえぞやっちまえ!」とボコボコにされても、私は財布の中の120円を死守する。宣言する。

待ってろよ、ボス・カフェオレ。
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Posted by マルボロ

[04/10/27-20:27]

終業後の缶コーヒー雑感

コーヒーって何? って話である。缶コーヒーって何? って話である。私は最近、妙に懐疑的だ。缶コーヒーの自動販売機の前を通るたび、「結局中身は全部ジョージアなんだろ」と吐き捨て、同時に唾も吐き捨てている。もはや誰も信じることができない。缶コーヒーメーカーは一致団結して我々にジョージアを飲ませようとしているのだ。

というわけで1週間近く缶コーヒーを飲んでいない。無論、ボス・カフェオレにもノータッチである。タッチしていないのである。呼吸を止めて一秒ほどもタッチしていないのである。こんな体たらくでは当サイトの趣旨と外れてしまうかもしれないが、仕方あるまい。再度ジョージアを飲んでしまうくらいならば、私は死を選ぶ。ハラキリである。

どうしてそれほどまでにジョージアを嫌うのか、と疑問に思う方がいらっしゃるかもしれない。しかしそれは愚問だ。愚かな問いだ。なぜ私がジョージアを嫌うのかって、そんなの決まっているだろう、あれだ、そう、あれ、あれ、なんだっけ? なんで私はジョージアが嫌いなんだっけ? 思い出せない。思い出す? 本当に私はジョージアが嫌いだったのか? いや、嫌いだ。当たり前だ。食わず嫌い選手権でジョージアを出されたら勝敗を度外視して顔を歪めるくらい嫌いだ。でもそのジョージアとボス・カフェオレの区別を、私はつけることができなかった。

つまるところ、私はジョージアが好きなのではないか?

待て待て、結論を焦ってはいけない。1週間近く缶コーヒーを飲んでいないせいで、正常な思考力が失われているのだ。かといってここで缶コーヒーを飲むと、最近の傾向からいって間違いなくジョージアを飲むことになる。私も馬鹿ではない。今私の目前に、後輩が奢ってくれたボス・カフェオレがあるが、これは罠である。中身がジョージア・オリジナルで、缶のデザインがボス・カフェオレという、至極幼稚な罠である。そんなものに私が引っかかるものか。だから私は飲むわけにはいかない。

「マルボロさん、飲まないんすか? じゃあ僕飲んじゃいますよ」

ハ、勝手にしろ。私を罠に嵌めようとしたくせに、いけしゃあしゃあと、とってもいけしゃあしゃあと、よくそんなことがほざけるものだ。なのに、それなのに、そんな美味そうに、めっちゃ美味そうに、飲まれたら、あたい、悲しくなって、涙が、出ちゃう、だって、あたい、女の子だも

「やっぱボス・カフェオレ甘すぎ。先輩よくこんなの飲めますね」
「キィー」


(夜のオフィス街に様々な悲鳴が響き渡ったところでいったん終わり)
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Posted by マルボロ

[04/10/21-07:34]

天上天下唯ボス・カフェオレ独尊

一週間以上更新をしなかったのには理由がある。まずはそれを聞いてもらいたい。ご存知のとおり、私は先日ジョージア・オリジナルとボス・カフェオレの判別を誤るという大失態を犯した。ああ、まさに大失態だ。これほどの大失態が歴史上ありえたであろうか。いや、ありえない。禁じられた木の実を頬張って神様にこってり絞られたアダムも、今の私ほど後悔の念に囚われていなかったはずだ。私は許されない罪を犯した。このままのうのうと生きていくわけにはいかない。

そう思った私は自首をした。「わ、わたし、ジョージア・オリジナルとボス・カフェオレを間違えました!」とお巡りさんに告白(今風に言うと、カミングアウ)すると、お巡りさん、にっこり笑って「家に帰りな」。ああ、お巡りさん、貴方はなんと心優しいお人であろうか。しかし私はそう簡単に許されて良い人間ではない。悪事を働いた罪は、しっかりと償わねばならないのである。「お巡りさん、私を捕まえてください! 私は罪を犯したのです! ジョージア・オリジナルとボ」


お巡りさんは黙ってカツ丼を奢ってくれた。私はそれを食べた。「辛いことがあってもな、簡単に逃げちゃあいけないんだ」とお巡りさんは言った。私はカツ丼を頬張りながら頷いた。「君に何があったかは知らないが、僕が思うに、君はまだまだやり直せる」私は泣きながらカツ丼を頬張った。傷ついた心(今風に言うと、マイブロークンハーツ)に、暖かい言葉が、沁みた。まるで全裸状態での雪上匍匐前進訓練を終えたあとに飲む、ホット・コーヒーのほうな暖かさだった。私は感動のあまりカツを喉に詰まらせた。ゴホ、ゴホ、ゴッホ、と咳き込む私を見て、お巡りさんは、すっ、と飲み物を差し出してくれた。ああ、この暖かさ、この甘さ。これは、紛れもない、忘れもしない、間違いない、



ジョージアじゃねえかこのクソマッポがぁぁぁぁ―――――


(ガシャーン)(ワー公務執行ボーガーイ)(ウオー)(押さえろー)(離せー)(大人しくしろー)(なんでボス・カフェオレ出さへんねん貴様ー)(グワシャー)(ワー器物破ソーン)(税金貰ってる分際でジョージアかーこの軟弱ポリスメンヌがー)(ワー中身が入った缶コーヒーが顔面直撃ー)(ここがええのんかーええのんかー)(ワー鼻から出血ー)(お泊り決定だこのヤロー)(ワー)(ワー)


一週間ぶりのシャバの空気は、それなりに美味い。


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Posted by マルボロ

[04/10/10-11:35]

わが心のジョージア

仕事で失敗をして、上司に呼び出された。テンプレート化されたセリフを駆使しながら上司は私を責めた。「なんだねこれは。やる気あるの?」とか、「何年この仕事やってるんだ」とか、「だいたい君はいつも私の頭を見て笑っているけど、それは失礼だと思わないかね」とか、「私の頭に何かついているのかね」とか、「何もついてないだとう!? って自虐ゥー!(ペチリ)」とか、そういうようなことだ。心なしか私怨の交じった説教(と一人ノリツッコミ)に、ぺこぺこと頭を下げていたら、ほとほと疲れてしまった。こういうときはコーヒーを飲んで一休みするに限る。

「マルボロさん、どうぞ」

ふう、と自分の机に戻った私に、後輩が気を使ってコーヒーを差し入れてくれた。「ありがとう」と礼を言い、飲む。ああ、このまろやかな甘さ。やっぱりボス・カフェオレは美味い。「美味い」と私が口に出すと、後輩が満面の笑みで「そりゃあそうでしょー。ジョージアは世界一の缶コーヒーですからねーヌフ」。私、「えっ」。


ジョ ー ジ ア ?


私は慌ててパッケージを確認した。「GEORGIA」。ええと、これはなんと読むんだっけな、うん、タガログ語で「ボス・カフェオレ」って読――まない。ジョージアだ。まごうことなきジョージアだ。そういえばこの後輩、いつぞや缶コーヒー談義になったとき、「ボクはジョージアしか飲まないんですよー、他のはやっぱりボクの舌に合わないっていうかー、あんな苦いもの誰が飲むんですかー、飲み物じゃないですよー、プゲラー、」などと、世迷言をほざいていたような気がする。なんてことだ。私は後輩の策略に引っかけられ世にも奇妙な缶コーヒーを口にし、あろうことか、「やっぱりボス・カフェオレは美味い」などと、思って、しまった、の、であ、る。

膝が震えだす。缶を持つ手が震えだす。中身が飛び出す。中身は熱い。「わあアッチー」後輩の顔面へ付着する。無視する。私は、ボス・カフェオレとジョージアの判別がつかなかったのだ。明日から、どのツラ下げてボス・カフェオレを飲めというのだ。震えが止まらない。「先輩、アチ、熱、アチチ」いや、あれだ、さっきのは気の迷いだ、もう一度飲めば、きっと、味の違いがわかるはずなのだ、きっとそうだ、「熱いって、先輩、ちょ、」

意を決し、飲む。ほら、まずい――――


(やっぱり美味かったため、残りのコーヒーを後輩めがけてブチ撒け、逃走)
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Posted by マルボロ

[04/10/07-14:11]

秋とボス・カフェオレ

ボス・カフェオレ以外の缶コーヒーはこの世に存在してはいけないという過激思想を胸に抱き日々を過ごしている私である。

めっきり秋めいてきた。このあいだ、ちょいとボス・カフェオレを買いに部屋着である半袖シャツのまま外に出たらやたらめったら寒く、私は身体をぶるぶると震わせて「ブワックショーウンヌ」とパリジェンヌ的クシャミを連発してしまった。唾や鼻水などが勢い良く飛び出し、これはあかん、このままでは凍死する、寝たらあかんねん、と危機感を抱いた私は、今日はホットのボス・カフェオレを飲もうと思ったのであった。

自動販売機の前に立ち、むふふんと鼻歌を口に浮かべ、むぐほほほんとクシャミによって鼻歌を中断されたりしながら120円を投入し、さてホットのボス・カフェオレを買うぞ、というまさにそのとき、私は固まった。ホットがないのである。全部が全部、「つめた〜い」なのである。私は目を擦り、鳥肌の立った腕を擦り、もう一度自動販売機へ目を向けた。やはり「つめた〜い」である。徹頭徹尾「つめた〜い」なのである。

ブギブフワハックショーイ!

もはや言語化することが不可能なほどの盛大なクシャミが出る。どうやら私は風邪をひいたらしい。この寒空に半袖一枚では無理もない。しかし「つめた〜い」のである。「あたたか〜」くないのである。現代社会が人の心を忘れて久しい、とはよく言われることであるが、自動販売機までもが暖かさを失ってしまっていたとは。私は絶望した。もうこの世界は滅亡へ突き進んでいるのだ、誰もその流れを止められないのだ、嗚呼。

しかしボス・カフェオレは飲みたい。というか飲む以外の選択肢がない。ホットを売っているコンビニまで出向くという手もあるが、そんなことをしたらそれこそ凍死だ。しかし「つめた〜い」のを買っても凍死だ。どう転んでも凍死だ。どうする、どうする、どうするどうするどうすボヘミハクショーイイイイアアアア!!!



ガコン



私が今こうして風邪を悪化させて床に伏せっているのは、あのときクシャミのハズミでボタンを押しちまった結果飛び出してきたつめた〜いボス・カフェオレが「君は疲れている。ちょっと休むべきだね」と私を導いてくれたおかげである。いつの日もボス・カフェオレは正しい。今日の体温は、38.7度。上々である。


上記の文章をボス・カフェオレに捧ぐ。

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Posted by マルボロ

[04/10/04-12:16]

ドラえもんとボス・カフェオレ

「ジョージアのくせになまいきだぞ!」と言ったら即座に「そうだそうだ! ジョージアのくせに」と言ってくれる友達を探しているがなかなか巡りあえない私である。

仕事帰り、コンビニへ赴く。当然ボス・カフェオレを買うため、そしてダイドーやキリンやジョージアなど、つまりボス・カフェオレ以外の缶コーヒーの列の一番手前にボス・カフェオレを配置して「プチ・コンビニ・ジャック」を楽しむためなのだが、コンビニのドアを開け、中に入った私を迎えたのはドラえもんであった。コミックテイストフィギュア、と銘打たれた商品が所狭しと並び、私の目を奪ったのである。

私は無類のボス・カフェオレ好きであるが、同時に無類のドラえもん好きでもある。仮に恋人がいるとして、その女性に「私とボス・カフェオレ、どっちが大事なの?」と問われれば「ボス・カフェオレ」と即答するであろうし、「私とドラえもん、どっちが大事なの?」と問われれば「ドラえもん」と即答するほどの入れ込みようだ。しかし、「ボス・カフェオレとドラえもん、どっちが大事なの?」と問われてしまうと、もう、私の足腰はがくがくと震えだし、駄目や、そいつは駄目やねん、とエセ関西弁を繰って狼狽し、ついには「ホアーッ! ホ、ホ、ホ、アアー!」と、アルプスの少女も腰を抜かすほどの高音ボイスで叫びだしてしまうだろう。比べることなどできないほど大事なのだ。

であるからして、私はためらうことなく「ドラえもんコミックテイストフィギュア」を手に取った。思いのほか重量がある。おそらくパーツが多いのであろう。ふふ、どんなフィギュアが出るのか。私は興奮を隠しきれず、思わずにやついた。にやついたまま缶コーヒー売り場へ進み、ボス・カフェオレを手に取った。ドラえもんを愛でながらボス・カフェオレを飲む。こんな贅沢が許されていいのだろうか? いいのだ。神が許さなくても、私が許す。

ヌフフン、ヌフフフフン、ヌフフフフフフン、「120円が1点――」、それにしてもエポック社はいい仕事するなあ、「315円が1点――」、のろいのカメラをフィギュア化するなんて正気の沙汰じゃない、「合計435円になりまーす」、だがそこに痺れる憧れるゥ、「お客様?」、ああ早く帰って開けたい、星野スミレが私を待っ「お客様?」

「はい?」
「435円です」
「ああ、すいません、435円ね、うう、うん?」
「お客様?」
「ちょっと待ってくださいね、お金がね、ちょっとね、お金がね、300円しか」
「じゃあどちらか取り消しましょうか?」
「え、え、え、え、どちらか、どちらか、どちらか?」
「ええ、300円じゃ足りませんから」
「足りな、え、うん、足りないね、うん、」
「どっちを買います?」
「え、どっちかって、選べって、選べっていうのん?」
「お、お客様?」
「ウチに、そんな辛い選択をしろっていうのん? この、鬼!」
「お客様、落ち着いてくださ」
「ウチは両方欲しいねん! どっちか選べなんて、で、でき、できるはず、ホアーーーーーーーー!」
「キャー」


この会話には少しだけ脚色を加えてある。実際は普通にボス・カフェオレを買っただけである。家に着くと、私はさっそくボス・カフェオレの栓を開け、飲んだ。今日のボス・カフェオレは、なぜだか少し味が薄いような気がした。


上記の文章をボス・カフェオレに捧ぐ。
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Posted by マルボロ

[04/10/01-08:51]

肉とボス・カフェオレ

「ボス・カフェオレ以外の缶コーヒーは駅前でポケットティッシュとともに無料配布されるくらいの価値しかねえんじゃあ、ギギギ」というはだしのゲン思想を胸に、日々を過ごす私である。

あなたの目の前に居眠りをしている人がいるとしよう。よだれを垂らし、フガングガといびきをかいて熟睡している様子だ。あなたの手には油性のマジックペンが握られている。さあ、あなたならどうする? 答えは決まっているだろう。「肉」だ。額に「肉」だ。有無を言わさず「肉」だ。この状況で「肉」と書かない人は、よほどの変人か、それか「肉」という字を知らない人だ。

人はなぜ額に「肉」と書くのか? これは永遠の命題である。過去、哲学者たちがこぞってこの問題をとりあげてきたが、誰一人として明確な答えを出せるものはなく、それどころか「肉」に関わった哲学者の大半が非業の死を遂げた。それについて、ここでは詳しく言及しない。一つだけ、哲学者の言葉を引用するにとどめておこう。「だってオラは人間だから」

少し話題が逸れた。とにかくだ、とにかく人は「肉」に憑かれている。不自然だとは思わないか? 誰も彼もが「肉」。私はそこに巨大で邪悪な意思を感じる。このままでは、いけない。いつか破綻が来る。居眠りする人、マジックペン、この二つが揃ったからといって安易に「肉」へ走ってはいけないのだ。気づかぬうちに思想を統制されている事実に気づかないか。今がそのとき、反抗せよ。画一化された世界で生きる人形たちよ、反抗するのだ。

とりあえず私の上司がクソだらしなく口をあけて居眠りをしているので、反抗してみることにする。「肉」以外に額に書く文字があるのかって? まあ見ていてほしい。私は運命に逆らってみせる。


※(「ボス・カフェオレ」の「ス」の時点で上司が気づき滅茶苦茶怒鳴られましたということでとりあえず上記の文章をボス・カフェオレに捧ぐ。)
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Posted by マルボロ

[04/09/26-22:41]

お土産とボス・カフェオレ

ボス・カフェオレ以外の缶コーヒーは腹を切って死ぬべきである! と声をヒックリ返しながら日々主張を続ける私である。

父が海外出張から帰ってきた。貴様ももう若くないのだから出張とかほどほどにしとりゃんせ、と花魁口調で諭してみようと実家へ向かったところ、開口一番、父が「煙草買ってきたぞ!」と言う。免税店で買い込んできたのだろうか。とにかく煙草が安く買える類の国へ行っていたらしい。私はヘビー・スモーカーであるからして、とても喜んだ。

しかし、父が買ってきた煙草はキャメルであった。私の好む煙草はマルボロであって、キャメルではない。私は森永のミルクキャラメルを舐めながらニタニタする(決して噛まない)のが好きではあるが、キャメルは舐めない。つまり、このキャメルは壮大な誤爆だったのである。

父は「嬉しいだろう、それは嬉しいだろう」と旅行鞄を整理しながら言った。「1カートンじゃ足らないだろうから、3カートン買ってきてやったぞ」「嬉しいだろう、じつに嬉しいだろう」「嬉しいだろう、とても嬉しいだろう」父は暑さに頭をやられたのか、同じ台詞を微妙に改変しながらずっと呟いていた。大丈夫なのか、父。仕事がうまくいっていない、という噂も聞くし、だんだん心配になってくる。ここは何もいわず、笑顔でキャメルを受け取るべきだ、と私は思った。

「ありがとう、父さん。大事に吸うよ」

大事に吸う、というのもなにかおかしい言い草だが、口下手な私にはそれくらいしか感謝の言葉が思いつかなかった。父は、「そうか、そうか、そうか」と満足げに笑った。砂浜に紛れた米粒ほどにささやかではあるが、親孝行ができたと思う。キャメルだって、吸っているうちに美味しくなっていくかもしれないのだ。父の気遣いを無駄にしないためにも、味わって吸おう。たとえ自分の好みのものとは違えど、人の好意は有難く受け取るべきなのだ。

「そうだ」

父が何か思い出したように言った。

「冷蔵庫に缶コーヒーあるから、それでも飲みながら煙草吸いな」
「え? マジ? ボス・カフェオレ?」
「あ、いや、違う。ジョージア」
「んなもん、いらん!」


上記の文章をボス・カフェオレに捧ぐ。
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Posted by マルボロ
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