歌う脳髄

どうでもいい事について考える凡百blog

タイトル匿名性という幻想

04/12/04
るるる氏と澄良木氏のやりとりをだらだら眺めたんだが、どうやらちゃぶろには匿名性というものがあるらしい。
そして「匿名性という可能性」をちゃぶろは有しているらしい。

匿名性?

ちゃぶろのFAQには

「なんで匿名なんですか。」

という質問に対して

「ネットで自分の情報を晒すのは、非常に危険ですので、2logでは匿名を推奨しています。もちろん、本名で書きたい人は止めませんが、自己責任でよろしくお願いします。」

と回答されている。
ここでは「匿名」という言葉が「本名」と対比する語として用いられている。

「本名で無いもの」=「匿名」

つまり、ちゃぶろの匿名性とはハンドルネームを使ってもいい、という事と同意語となり、
ハンドルネームでblogが書けるちゃぶろには可能性がある、という事になる。
だがそんな事はちゃぶろに限らない、普通の事だと当方は認識しているし、それは全体から見ても間違っていない認識のはずだ。
例外があるとすれば、mixiに代表されるソーシャルネットワークくらいであろう。

即ち、この意味での匿名性がちゃぶろに限定されないのならば、彼(彼女)の言う「ちゃぶろの持つ」匿名性の可能性とは、この定義ではない事となる。
と、すると、その匿名性とは、2ちゃんねる的な匿名性、簡単に言えば
「概ね安全なところから石を投げる事が出来るか否か」
と言い換える事ができる。

2ちゃんねる、いや、インターネットにおける匿名性?

そんなもの、ありはしない。ありえない。

以下、この意味でのインターネットにおける匿名性というものについて検証じみた文章を書くことにする。

まず最初に認識しておくべきは、
「匿名である」とは「ある事象について帰属が一意に特定できない性質を持つ事」
であるという定義であろう。

ただ、一般に匿名性について論じる場合、その意味について、「個人が識別(判別)可能である事」と「個人が特定可能である事」の二点が混同される事が多いように見受けられる。
よって、まずこの二者の違いについて述べる事とする。

まず、前者についてだが、これには、2ちゃんねるにおけるIDによる識別が相当する。
掲示板の利用者(閲覧者)同士に於いては、互いが誰であるのかを知る事は出来ないが、IDから各々の書き込みについて、同一の発言者の書き込み、異なる発言者による書き込みを識別できる。

これに対して後者は、同じく2ちゃんねるを例に取るならば、管理サイドはサーバにログとして残ったIPから、全ての書き込み主について特定が可能である。

つまり、利用者同士では個人の特定が難しい(匿名に近い)が、その一つ上の管理サイドではその特定が容易い(匿名ではない)という事になる。

さて、この観点から見た場合、ちゃぶろは匿名であるのか?

答えはどちらの意味に於いても否でしか有り得ない。

先に後者について述べよう。
例えば、ちゃぶろで猫殺しのディルレヴァンガーの如き馬鹿が湧き、警察からその個人のIPを要求されたら、ちゃぶろの運営サイドは拒否するだろうか?
おそらく、嬉々として渡すだろう。
そして利用者は、その行為を正しいとして受け入れるだろう。
もしも拒絶したならば、批判が出るに違いない。利用者の側から。

そうでなくとも、ある人物について、目に余る誹謗中傷が書かれ、その対象された側が名誉毀損として民事訴訟で訴える為の手段として、IPの提供を求めた場合、そこに十分な正当性が認められたならば、運営側はIPを提供するだろう。

さて、どこに匿名性があるのだろうか?
真に匿名であるのならばそのディルレヴァンガーの如き愚か者も、匿名だから大丈夫だと考え、誹謗中傷を行った無能も安全である筈だ。
しかし現実にはそのような事があれば、利用者側も運営側も、その匿名性とやらを引っぺがし、さっさと警察に引き渡す事こそが正しいと認識するだろう。
もう一度聞こう。
匿名性は、どこにある?

次に前者についてだが、そもそも、ちゃぶろでblogを書く事と、ISPから貸与されたスペースで日記を書く事の間に何の違いがあるのだろうか?

例えばちゃぶろは名無しでblogを書くことができるが、だがそれは匿名だろうか?

外部でその管理者が語られる時に「(サイト名)の管理者」という識別符号がつけられるだけの話であり、ハンドルネームとなんら変わらない。
議論等で危なくなったらハンドルネームを変えればいい、サイトを閉鎖すればいい。そして別のハンドルネームでやりなおせばいい。
そう考え、そうしてきた人間の数はそれこそ星の数ほど居る。
それは名無しと何ら変わりない。単に名無しの方が捨てる必要が無いだけの話だ。

名無しであろうと識別が可能である以上、それは匿名以前の問題だ。2ちゃんねるでそれが匿名であると目されるのは、その数が膨大で、一々追求していたらキリがない、という極めて現実的な理由でしかない。

つまり、「ちゃぶろという匿名の可能性」という言葉は、それ自体が既に破綻している。
この文脈で匿名に可能性があるのならば、それはちゃぶろに限定されない。
むしろ、ソーシャルネットワークに代表される非匿名にこそ可能性があると言えよう。少数派であるが故に。

結局のところ、1人の人間と1つ以上のblogやWebサイトが対応し、それを繋ぐのが物理的な物である以上、匿名性なんぞ有り得ない、という事だ。


追記:骨さんの匿名性に関する検証を見て一部手直し。
ただ、別に勘違い知るわけじゃなく、前半でその辺検証して、それの意味は流石に違うだろう、とは書いているのだが。


以下、ぐだぐだと垂れ流し

ソーシャルネットワークが流行ってる(流行ってた?)が、パソコン通信時代はそんな感じだったよなぁ、と思う。
ある意味回帰してんのかね。

2ちゃんねるで「多分安全だから」と、馬鹿やって捕まる阿呆を見る度に、2ちゃんねるの匿名性(幻想だが)って酒みたいな物だよなぁ、と思う。
漬かり過ぎて酔っ払ってビッグマウス叩いて人に迷惑かけて拘置所行き。
そして我に返って「今は反省している」。
まあ大抵そんなもんだが。

まあ上に書いた事を要約すると、ログさえ残っていればほぼ確実に個人を追跡可能だ、という事だな。
あと、プロクシサーバ経由だと安全だと思ってる馬鹿を時々見かけるが、ンな事は全く無い。
特に海外の場合、
「この時ここにこういった事をした人間のIP送ってくれ。こちらの国内の方に触れる、犯罪行為に関わっているから」
といった文章を英語で送れば一撃だ。
あちらさんにしてみれば、こっちの国内法なんぞ知った事ではないし、それで拒否して裁判沙汰に巻き込まれるのは御免だろう。更に基本的にプロクシサーバは、開いてる穴を勝手に使ってるだけの話で、使われた方にしてみれば、勝手に人のもの使った奴を守ってやる道理が無いからな。
まぁ、アレだ。後先考えて行動しましょう、という事で。



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Posted by rgy at 20:22