歌う脳髄

どうでもいい事について考える凡百blog

タイトル馴れ合いにまつわるエトセトラ

05/02/03
まあそういったわけで、ここまで延々と馴れ合いの構造やら成立状況やらについて書いてきたわけだが、とりあえずの締めとして、何故人が馴れ合いを求めるのか、という事について述べていきたいと思う。

まず全ての前提として、Webサイトの更新を続ける為のモチベーションは、他サイト管理者を含む、全ての閲覧者からのレスポンスによって維持される、という事を考えておかねばならない。

インターネット上に何がしかの生成物を公開している以上、そこにその生成物を見てもらいたい、評価してもらいたいという欲求があることは自明であり、それが無いのであれば、そもそも公開する必要が無い事からもこれは明らかであろう。

しかし、それが公開されている以上、常に批判にさらされる可能性を孕む事も、また自明である。
当然ながら、人は批判されるよりは評価されたい。
馴れ合いは、その欲求を満たす為の一つの手段である。

馴れ合いの始まりがこちらからであろうと相手からであろうと、自分が評価する相手、自分を評価してくれる相手が憎かろう筈が無く、それは自分の生成物が評価される可能性を十分に増加させ得る。
それ自体は取り立てて問題ではない。

そもそも閲覧者がサイトを見て、その感想を掲示板に書き込んだり、管理者にメールを送ったり、自分のサイトでそのサイトについて触れたりする事は殆ど無い。
サイトで扱うネタの性質にも依るが、他者との馴れ合いを全て排除した場合、それはおそらく0.1%のレスポンスがあれば多いほうではないかと思われる。

最初に述べたように、Webサイトの更新を支えるものが他からのレスポンスである以上、そのレスポンスを得る為に馴れ合いという手段を用いるのは(それが前のエントリで述べた、双方にとって理想的な生まれ方をしているのならば尚更)妥当であると言える。

しかし、過度の馴れ合いは単なる身内同士のじゃれあいと化す。
馴れ合いの厄介な点は、特にリアルが中学・高校生の場合に多いのであるが、双方がどこかで歯止めを掛けていなければ雪崩式に馴れ合いが進み、他を排除し始め、しかもその自覚が無いという点にある。

過度の馴れ合い、即ち互いが互いを賞賛するのみ、という状態は、その気持ち悪い程の緊密さが批判をある程度自動的に圧殺し、また自動的には圧殺されなかった批判を、数を持って圧殺する。

それは中学、高校でしばしば見られる、教室の隅でいつも固まっている、仲間内以外とは話もしないグループのようなものだ。それは、実質的に対外コミュニケーションの拒否であり、孤立である(そして他人の目を気にせず孤立し続けたいという欲求の受け皿としてのSNSであろう。多分)。

完全に孤立したそれを別に悪だとは思わない。本人達がそれでいいならば、外野が口を出す事では無いだろう。
しかし、その閉じた世界に満足はあっても発展は無い。どこかに風穴を開けない限り、そこから一歩も動いてはいないという事くらいは、頭に入れておくべきであろう。

閉じた幸福か、開かれた可能性か。
最終的にはこの二極の狭間に全てのWebサイトの立ち位置というものは定まるのではないかと思う。
発展性の放棄を代償として、更新に対して極めて高い確率でレスポンスによるモチベーションの維持と、内輪によって全てが肯定される楽さを取るか、他者との触れ合いを拒否し、レスポンスに期待しない代わりに全てに対して開かれた状態を維持しつつ、別の何かをモチベーションとしてただひたすらに疾走するか。

さて、どこに立とう?


以下、雑記。
そもそも、上記でレスポンスを掲示板・コメント欄等の、「形に残る言葉」と定義して述べているが、実際のところアクセス数もある意味レスポンスであるので(言葉よりはずっと分かりにくいし、実感も薄いが)、これをモチベーションとして突っ走る事も可能では無いかと思われる。それすらも否定し、アクセス解析もアクセスカウンタも無く突っ走れるならばそれはそれで一つの極みだとは思うが。
その場合のモチベーションは義務感か、それとも自分の生み出すモノに対する絶対の自信か。
ついでに書くと、羅列型ニュースサイトは基本的に後者の側であろうな。

で、そもそもこの一連のエントリは、当方がどこに立ってるのか、という説明の為にあったのだが(既に半ば関係の無いところに立っているし、当方も忘れていたが)、これらを踏まえるに、当方はどうやらべっとり張り付いたり張り付かれたりしない限りはどうでもいいらしい。エントリの肥やしになるなら絡むし、ならないなら絡まないという方向で。
・・・もっとぶっちゃけて書くと、過去のごく一部のエントリ(googleのアレとかソレとかコレとか)の関係で、だらだらした会話の流れで中の人が漏れ出して、そこからリアルにバレたりしたら、そら深田恭子も「生きてかれない!」とか叫ぶわな、とかそんな感じで。
という回答でよろしいだろうか、尉遅皇さん
少なくとも形として残る方法で、当方が自分について断片ではなくキッチリ述べる事はなさげ。
時々手なりで書きすぎてえらい勢いで漏れ出す事があるが。

とりあえずこれで馴れ合いに関するあれこれは締め。
ただ、うだうだあってSNSを含めた馴れ合いの為のコミュニティに関してそのうちうだうだ書くかも知れず。
そのまえにSNSに潜り込む必要があるが。

普通に書き忘れてたが、この一連のエントリで言う馴れ合いとは「情報交換」の意味合いを含まない、私見の一切無い賞賛意見等の、実質的に意味を持たないやり取り全般を指す。
議論に代表される情報交換と馴れ合いはやっぱし別モノであるし、それは別にいいんじゃねえの?というのが当方の考え。
そこからべったりにならない限りは。

このあたり踏まえて一回読み直し>書き直しせねばならんかもなぁ





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Posted by 名無しさん at 21:37