歌う脳髄

どうでもいい事について考える凡百blog

タイトルテクニカルタームと公共性

05/02/24
ここしばらく「テクニカルターム」という言葉を耳にする事が多いように思う。
テクニカルターム、訳したならば「専門用語」であるこの言葉は、それに分類される言葉について非常に重要な問題を含んでいるように思われる。

特に専門性の高い日記、blogに多い事が、しばしばその文章の中に専門用語が紛れ込むことがある。

「ソリューション」、「インテグレート」、「フロー」。

そして「テクニカルターム」自体も

こういった言葉は、おそらく本人の無意識の内に、用いられているのだと思われる。
しかし、ここで問うておきたい

「誰」に向かって喋りたいのかを考えた事はあるか?

と。
専門用語というのは便利な道具である。
互いがその意味するところを理解しているのであれば、煩雑な説明は必要なく、誤解が生まれることも無い、簡便で正しい意思の疎通が可能である。

けれども、相手がその言葉を知らなければどうだろうか。
理解できない言葉は単なるカタカナの羅列と化し、専門用語の多くがその文章の根幹を成す一部である事が多いこともあり、それは読み手の理解を拒絶する。

例えば、そもそも語る内容の敷居が高い場合、例えば「ソースをコンパイルする際のオプション」といった事を説明する場合には、専門用語を避ける必要はない。
その程度の事を理解できない相手は、そもそもソースからどうこうしようとは考えないからだ(他の例を挙げるならば、格ゲーにおける「超必」、シューターにおける「弾幕」、漫画における「ジャンプシステム」、アニメにおける「テレ東規制」が理解できない相手に、濃い話をしないようなもの)。

だが

そういったあらかじめ限定された誰かに向けて述べるのではなく、政治、経済、その他のニュースを、専門用語を用いて語っているのを見かける。

それが非常に専門性が高い、ないしはその視点から述べる内容が極めて斬新ならば構わない。それは正に専門用語が必要であるに値する。
だが、その多くで導かれている結論の多くはなんという事はない、そんな専門用語を使う必要がどこにもないものばかりである。

専門用語は、その存在自体が、それを理解できない人間を容赦なく切り捨てる。
前述のような人々はその事を理解して専門用語を用いているのだろうか。

多くの人に聞いてもらいたいのならば、専門用語を用いる事無く、平易な表現で文章を構築すべきだ。
そうでなくては、その文章は常にごく少数にしか届かない。

自分の理解できる事象を、誰しもが理解できるわけではない。

その事を、物を書く人間は常に心に留めておくべきではないかと思う。



以下、雑記。
とまあ、
「意味も無く専門用語を使ってる文章見てると腹が立つ」
という感情を理論武装するとこんな感じになるわけだが。
実際理解できない専門用語を理解しようとしてオンライン辞書で調べても、どうってことない内容の事がえらく多いのでな。
あと、専門用語を使うにしてもカタカナよりは漢字を用いた方が切り捨てる数は少なくなる事も理解しておくべきか。
全く聞きなれない言葉でも、漢字であれば表音文字でありならば表意文字でもある、つまりその漢字自体が意味を表現できるので、並んでいる漢字の意味からなんとなく理解できる事が多い。

まあしかし、書きながら人の事は言えんよなあ、と思いながら。

最後に

「難しい事を難しく語るのは簡単だ。難しい事を簡単に語る事こそが難しいのだ」

至言






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Posted by 名無しさん at 01:19