歌う脳髄

どうでもいい事について考える凡百blog

タイトル常識と炎上するblog

05/02/25
人は皆、必ずどこかが狂っているのだと、そう思う。

「常識」という概念は、人の平均値のようなものだ。
ある分野について、それに関わる全ての人間の、丁度真ん中を取ったものが、多分完全な「常識」なのだと、当方はそう、考えている。

けれども、人は皆、どこかが狂っているから、完全な常識の範疇に常に存在する人間は存在せず、そもそもどこか狂っているが故に、その常識に「主観」という偏向がかかる。
だからその歪んだ常識同士は、必ず衝突する。
それが「すり合わせ」で済む事もあれば、正面からぶつかる事もある。
それは不可避な事だ。

その自分の「不完全な常識」を「完全に」説明できる人間が、そもそも存在しない為に。
常識というのは、その人間がそれまでに獲得してきた全ての集大成だ。
その身に起きた、何もかも全ての破片によって、それは形作られる。
そしてそれ故、常識というものは「直感」と言い換える事ができる。
むしろ、「常識」とは「直感」を理論武装したものでしかない。
だから、常識は他の常識とぶつからざるを得ない。
直感は、他者のそれとは絶対に相容れないものである為に。


この仮定からすると、しばしばblogのコメント欄が炎上しているのを目にするが、これはそのエントリでの主張がそれを閲覧している大多数の常識、即ち直感と合わないために起こっていると考えられる。
それは、そのblogの管理者の感覚が、大多数の感覚と著しく乖離している事に他ならない。

如何なる手段を講じようとも、炎上する要因、即ち世の大多数との著しい乖離を消し去る事は出来ない。それは、その書き手自体に属する要因だからだ。
それが嫌ならば、何かを人に見せようとする行為自体を止めるほかない。

まあ、何が言いたいのかといえば、炎上する奴はほっといても炎上する。
そこに何が悪いのかと問う行為自体が無意味だ。
何故ならば「その考え方そのものが悪い」という以外の結論を導けないからだ。


余談であるが、この辺りのことをもう少し細かく話すならば、インターネットにおける権威付けの変化(限りなくフラットな状況から始まり、等しくチャンスが与えられる状態)やら、炎上の一因には、そもそも「褒めるよりも貶す方が簡単」といった事などもあるのだが、面倒なので読者諸氏への宿題とする。
解答はしない。




というような事を、アクセス解析の中に、笹山登生なる前衆議院議員でNPOの偉い人の掲示板があって、そこに小倉弁護士が書き込んでおり、それを見ながら、
「なんか常識の話とか始めたらしいな、そういえば」
と思ったので書いてみた。
当方が小倉弁護士のblogを一文たりとも読んでいないし、その掲示板の書き込みについても読んでいない事は言うまでも無い。
あと前半が微妙にアレなのは体がガタついてるせい。
主に腰。一人なのにギシギシ言います。
しかしまあ、久しぶりにエントリを校正無しの手なりで書いたな。

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( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー
Posted by rgy at 23:01