歌う脳髄

どうでもいい事について考える凡百blog

タイトル前エントリの追記とかなんか

05/05/04
直接には関係ないが,今考えてる事をまとまりもなくつらつらと.

前エントリでサイトに実体は存在しないと述べたが,一般にサイトは管理者と同一視される傾向にある.
これはそのサイトにあるコンテンツを出力したのがその管理者であり,出力したコンテンツに価値があるのならば,それを出力した人間にも,当然価値があるという考え方と同じであり,

出力した人間の一部=出力した情報群

という認識を拡張した結果であり,それはそれほど間違っていないように思う.
管理者が完全無欠に別人格を作り上げてでもいなければ.
これは個人の運営するWebサイトは,その運営する個人を中心に枝葉のように広がっているとも言い換えられる.
これを絵として示すならば,前エントリでWebサイトからコンテンツが繋がっていた図の,Webサイトの部分を管理者に置き換えたものであり,閲覧者があるサイトとその管理者について感じるものは,おおよそこのような類であろう.

だがこれを子・孫ニュースサイトに適用しようとすると,非常に厄介な話となる.
以前述べたように孫ニュースは固有のコンテンツを持たないに等しく,更にその在り方がシステム的である.
その意味で,人が中心にいる個人のWebサイトとは違う文脈に立つが,けれども同時にニュースの選択という点から,その管理者の個性が顕在化する.
固有のコンテンツを持たないにもかかわらず,他者との関係性から個性が現れるという特異性.
さて,これをどう解釈したものか,という事を思案中.
個人の運営するWebサイトというものに対して我々が抱くイメージとは一線を画しているようで,それでもやはり根底に共通する部分が存在するのよな.

で,何の話だったっけか・・・
ああ,そうだ,で,情報は共有されるべきで,その共有に誰かの許可が必要ではない,という考え方を別に間違ってるとは思わんのだが,けれどもそれを組織ではなく,個人を中枢に据える個人の運営するWebサイトにまで適用していいもんなんだろうか?
学術組織としての,情報発信「のみ」を目的とする存在の論理を,情報発信と,その延長上にあるコミュニケーションまでもを含む個人の運営するWebサイトにまで適用していいものなのだろうかと,そういうことを考えてみたりもする.

中途半端なネタや,下らねぇネタために別にblog持つべきかね・・・

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Posted by 名無しさん at 01:43