04/09/03 04:03
極めつけは「人の心はお金で買える」の章で、「経済的に貧しくなると人間は狂気に走ります」と持論を展開。堀江氏によると、「金を持っているやつが偉い」のは当たり前なのに、農民や貧しい人の妬(ねた)みや恨みが積もり積もって、「商売人は汚い」とねじまげられたとし、「人間を動かすのは金」と結論付ける。
さらに、「女はお金についてきます」と断言し、「ビジネスで成功して大金を手に入れた瞬間、『とうてい口説けないだろうな』と思っていたネエちゃんを口説くことができたりする。その後は芋づる式です」…。
http://www.zakzak.co.jp/top/2004_09/t2004090121.html
あんなこといいな できたらいいな
あんな夢 こんな夢 いっぱいあるけど
みんなみんなみんな 叶えてくれる
不思議な眉毛で叶えてくれる
可愛いネエちゃんを口説きたいな 「はい 金!」
ニャンニャンニャン とっても大好き〜 ホリエモン
作詞:bone
僕はわりと貧乏人です。
可愛い姉ちゃんを口説くことも、球団を買っちゃおうなんてことも、できないわけです。
だけど、貧乏人を貧乏人なりに楽しく生きているのに
「貧乏人=負組」の価値観を一方的に押しつけられるのは
かなりのありがた迷惑だし、ちょっと腹もたつので
こちらはこちらで、別の論理を組み立ててみることにしました。
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たとえば生ビールを急に飲みたくなった、しかも350mlじゃ物足りない、
冷えた500mlをぐいっと一気に飲みほしたい。
そういうときに、財布のなかに遣い道のない300円があったら、
多くの人はその300円をビールに消費すると思います。
僕だって喜んでコンビニにdでいきます。
逆にもし、ビールを飲みたくないときに、300円があっても
それでビールを買いに行こうという人はいるでしょうか? いませんよね。
その300円はそのまま放置されるか、べつのものが欲しくなったときとか
公共料金に使われてしまうかで消えてしまいます。
お金とは、それ単独を欲求するのではなく、
「欲しいものが生まれたとき、必要になってくるもの」なのです。
煙草が吸いたい人にとって、300円は必要なものです。
プレステをしたい人にとって、数万円は必要なものです。
家が欲しい人にとって、数千万円は必要なものです。
ヘリを買いたい人にとって、数十億円は必要なものです。
同様に
煙草が嫌いな人にとって、300円は不要なものとなります。
プレステ嫌いな人にとって、数万円は不要なものとなります。
家がもうある人にとって、数千万円は不要なものとなります。
ヘリを必要としない人にとって、数十億円は不要なものとなります。
欲しいものがあって、はじめてお金というものは生きてきます。
欲しいものがなければ、使い道がなければ、いくら大金を持っていても無駄なのです。
堀江さんは、そういう意味で金銭感覚が倒錯しています。
「人間を動かすのは金」「女はお金についてきます」という発言は
人の心や女を欲しいと思ったことを前提にしているのを、あえて省いています。
思ったからこそ、金が必要なものとして認識されるのであって
思わない人にとっては、その金は必要にならず、したがって欲しくもないのです。
たしかに人間や女はお金で手に入れることはできます。
それはある側面では、厳然たる事実です。
でも、欲しいのかどうか、じっくり考えてみると、
僕はいまのところ「どちらもいらない」と答えられると思います。
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以上が僕の論理です。もし金持ちから貧乏を馬鹿にされたら、
うえのようなことを思い出して、ニコニコ笑ってるなり、
僕の「金は必要なものではあるが欲しいものではない説」を出して
反論するなどしてください。
ただ、ほりえもんも分かってわざと言ってる節なので、
釣られている感が否めないけど、釣られたら釣られたで。
Posted by bone
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