04/10/31 02:26
偏差値55ぐらいで生きてみる
普通よりも、ちょっといいぐらいの状態が
人に最大の効果を与えるものだと僕は思っています。
すごい発想や、仰天するような考え、
そういう驚きの白さを経済や社会は人に求めがちで、
いまも英才教育やセミナーや技能講座は花盛りで、ともすると目を奪われてしまうけど、
そういうところから現われてきた"天才たち"を
ほんとうに人々が受け入れたいと思っているかどうか考えてみると、
ちょっと疑わしくなるような…というのが正直なところです。
"天才たち"は、時代をつねに先取りしながら走っているわけで、
大半のひとたちはその能力についていけて、いないわけですから、
当然のことながら、彼らが生み出したものを真に理解するまでに時間がかかるわけです。
偏差値も高くなるにつれて、人数がどんどん下がっていきますが、あれと同じです。
その人の能力が高くなればなるほど、理解者の数は反比例して減っていきます。
たとえばWinnyなんてものを作った47氏は、偏差値を70超えしてます。まさに天才です。
しかしその天才が作ったWinnyは社会に賞賛され、手放しに受け入れられたわけじゃなく、
逆に
混乱をも産み出してしまったわけです。
両者の偏差値の乖離が大きくなればなるほど、たぶんこの度合いが大きくなるんでしょう。
もちろん47氏や、そのほかの天才たちを馬鹿にしたいわけではありません。
否定したいというわけでもありません。
ただ僕のように、自分自身を凡人だと思って日々を暮らしているような人が、
みな必ずしもそういう"天才"になる必要はないんじゃないかと思うのです。
偏差値のグラフを見たことがある方ならお分かりでしょうが、
いちばん人口密度が高いのは、偏差値50近辺です。
このあたりにいるような人たちを喜ばせられるようなことをするのが、一番よいのです。
ただし、偏差値50というのは、つまり普通の行為なので、
55あたりを目指してみるのがおそらくベストじゃないでしょうか。
「現状よりも、ちょっといいこと。」ですです。
長文を書いてしまいました。ここまで読んでくださった方に感謝します。
Posted by bone
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